欺瞞

  何かが違う、ような?そんな気がした。

 何が違うのか、どう違うのか、それはよくわからない。ただ「何かが違う」という感覚が漠然と僕をくすぐっていた。

 

 今日はいつも通りの時間に起きたのに、なぜかいつもより遅い時間に家を出て、いつもより遅い電車に乗った。でもそこまでは何事もなかったはずなんだ。

 なのに学校について知り合いとダベった、「テスト勉強した?」「いやー全然してねー」、そんな他愛もない会話をしている時には、僕は確かに何かが違うという感じを抱いていた。

 昼休み、スマホでニュースをだらだらと流し見していた時もそうだ。この時のニュースは、この前どこかの高校で生徒がイジメで自殺したということについて、両親が学校を相手取って訴訟を起こして、ウン千万円という金額を要求したとかなんとか、そういう内容のことを話していた。でもそれも何かが違うというか、なんか変だよなという感じがしていた。まあその正体はわからなかったけどさ。

 帰り道、降りた駅のホームでおっさんが何人か走り回っていた。どうやら痴漢らしかった。一人のおっさんが逃げ回っていて、それを二人のおっさんが追い回していた。向こうの方で女の人が一人うずくまって泣いていて、それを何人かのおばさんが慰めていた。追いかけっこに巻き込まれた子供が突き飛ばされて、転んでギャンギャン泣いていたけど、そっちの方には誰も慰めてくれてはいなかった。僕がホームの階段を降りようという時になって、後ろから「違う!違うって!違うんだよ!」って叫び声が聞こえてきた。ようやく捕まったのか、ご愁傷様。

 でもやっぱり、何かが違うんだよなあ。何が違うんだろう。それはわからないけど、やっぱり僕が思うのと、実際に起きていることは、どこか食い違っているみたいなんだ。それが何かわからなくて、僕は家まで歩いている間ずっとそのことを考えていた。

 逆に、何が違くないのか?ってことも考えてみた。つまり、僕が思うに、一体何が正しいってことなのか?ってことだ。でもそれもわかりそうもなかった。というか、それは何が違うかってことを考えるよりもずっと難しそうな気がした。

 家に帰って夕飯を食べている時、垂れ流されていたテレビでは、昼の自殺のニュースについて討論みたいなことが為されていた。何とかかんとか機関の人だとか、なんとか心理学の教授だとか、何やら偉そうな人が顔を突き合わせて、学校の管理体制とか、生徒に対するケアとか、教育機関のギムとか、責任の所在はとか、なんだか難しそうなことを色々と話していた。

 でもそれだって、やっぱり何か違うんだよなあ。それが何かはわからないんだけれど、でも確かに何かが違うはずなんだ。

 今日の皿洗いは僕が当番だった。無心で食器をスポンジで擦りながら、僕はふと、「違うよなあ」と声に出して言ってみた。近くにいた母親がそれを聞いていて、「何が?」と聞いてきたけど、やっぱりその答えはわからないみたいだった。