修士課程2年間の話

 

 何だろう、今回も思ったことを話していいですか?

 

 まあダメって言われても話しますけど。

 

 ていうか前回のブログどうだった?え、読んでない?あ、そうすか…。

 

 いや、僕が気になったのは、ブログ自体書くのがめちゃくちゃ久しぶりだから、文章のスタイルとかが今までどんな感じで書いてたかとか思い出せなくて、それでちゃんといつも通り書けてたか気になるっていう、そういうことなんですけど。え、読んでない?あ、そうすか…。

 

 それで、まあ今回は修士課程のことについて話そうと思います。修士課程のことっていうか、まあこの2年間どんな感じだったかみたいな?完走した感想みたいな感じですね。

 

 まあ僕は以前のブログでも言ったように就職せずそのまま進学するので、なんかあんまり終わった感はないというか、寧ろこっからが本番みたいなところはあるっちゃあるんですけど、でもまあ一応区切りではあるし?修士論文というデカいタスクを終えて、とりあえずこの2年間の生活に終止符は打てたかなみたいなところはあるんで。修士課程に終止(しゅうし)符ってかw

 

 まあでもなんか修士課程の、というよりは、この2年間の感想って感じですかね、どっちかと言うと。研究の話とかしたってみんなつまんないだろうし、それに修士学生風情が研究について語れることなんてクソほどもないですから。

 

 まあそんなわけで、この2年間について話していこうと思うんですけど、なんかこんなこと言っといて難ですけど、正直何から話していいかよくわからないんですよね、実際。

 

 というのは、あった出来事を全部話していくと情報が多すぎてわけわかんなくなっちゃうし、逆にギューッと集約して、大事なとこだけ抜き出そうと思うと、別にブログほどの文量じゃなくていいかなみたいな、Xでいいかなみたいな感じになっちゃうんですよね。だからなんか、ちょうどいい分量でちょうどいい内容を語るとなると、どこからどう話していけばいいのか、イマイチよく分かってないんですよね。

 

 まあでもとにかく言えるのは、この2年間通して、精神的な状態はあんまり良くなかったってことですね。それで皆さんはきっと、「あーやっぱ修士課程の研究って大変なんだな」という感想をお持ちになったかと思いますが、いや、違うんだよね。別に研究が原因で精神状態が悪くなったわけじゃないんです。寧ろ研究はなんかもう全然、全然みたいな感じでした、普通に。

 

 イヤ、嘘。正直結構しんどかった。いや、うーん、なんだろうな、研究って、順調にいってる時はやればやるだけ進んでいって、全然しんどくないどころか寧ろ楽しい寄りなんですけど、一回詰まり始めるともうどんどん心が壊れていってなんかもう、なんかもうって感じになるんですよね。だから別に、そんなめちゃくちゃにしんどかったかと言われると、まあ別にそんな・・・って感じではあるんですけど、じゃあトータルで楽しかったかどうかと言われると、いや、普通にしんどかったけど・・・みたいな、そんな感じなんですよね、研究って。

 

 まあでもどうだろうな。正直僕は社会人経験もないメンタルクソザコのガキ、いやショタだからしんどいと感じちゃっただけで、別に普通の人からしたら別にこのくらいのストレスは平気で日常的に抱え込めるものなのかもしれません。でもまあ少なくとも僕にとってはしんどかったですね、それは間違いなく。どれくらいかというと、深夜10時くらいに大学の近くの公園に散歩に行って、真っ暗になった神社に参拝しに行くくらいには追い詰められていた時期が何度か、いや割と何回もあったくらいですね。

 

 まあただとにかく言えるのは、確かに僕は修士2年間通して終始(しゅうし)精神状態は悪かったけれども、でもそれは研究が辛いとか大変みたいなことじゃなくて、単に僕の個人的な内面としての問題がほとんどだったっていうことですね。まあ研究の大変さがそれに拍車をかけたということはもちろんあるとは思いますけど。

 

 精神状態が悪い悪いって一口に言うけど具体的に何なのと、なんか適当に精神状態がどうとか鬱がどうとか言ってるだけじゃないのと、そういうことを思われる方もいるかと思いますが、そういう方のために、この2年間僕がどういう状態にあったのかと言うと、まあ端的に言えば「アイデンティティーの危機」ですね。

 

 意味わかる?僕が言ってること?僕はあんまよく分かりません。もう分からないんだよオレは。何も分からないの。でもなんか僕が思うのは、僕の人生って、人生というか僕の人生の過程?みたいな?そういうのを考えた時に、まあ僕ももう24年間生きてるわけですから、その中で人間として成長することもあった?まああるっちゃあったし、色々環境の変化で考え方とか物の見方が変わるってこともあったわけですよ。まあとにかく、そうやって自分の中でそういう、何か内生的な変化があった時に、その変化した後の自分が、過去の自分と?つまり過去の自分の価値観とか、思想とか、怒りとか、そういう過去の自分の構成要素と食い違ってしまうということが割と何度かあって、あったというか、それはその当時にはそう認識していたわけではないんですけど、今思うとそうだったなと思うようなことが何度かあって、そういう過去の自分との対決というか?衝突というか?そういう状態になった時、つまりそういう時の精神状態のことを、僕は「アイデンティティーの危機」だと思っている、思っているというかそう呼んでるんですけども。

 

 意味分かった?僕が言ってることの?僕には分かりません。誰か僕に教えてください。

 

 うーん、何だろ。何と言うか、これは言い訳とかじゃなく客観的事実として、僕って子供なんですよね、いやホントに。ホントに子供なんです。将来の夢とか目標もあるわけじゃないし、何かを頑張ってるわけでもないし、ストレス耐性も低いし、目の前の苦痛からすぐに逃げようとするし、何と言うか、ホントに、この人間社会に適応してどうにか上手くやっていくに足るような能力を一切身に着けていないんです。

 

 そんな子供な僕ももう年齢が二十数年を数えるようになって、いよいよ危機に立たされてしまったというわけです。卒論に心を破壊されて、交友関係でも失敗を繰り返して、精神のバランスを完全に失った状態のまま修士課程に突入して、よう分からん授業に忙殺される日々、研究も思うように進まず、そして進学か就職かの葛藤、将来に対する漠然とした不安と焦燥感。

 

 僕は”脱却”しなきゃいけなかったんです。その危機から。そして過去の自分から。脱却して、別の何かになる必要があったんです。これは自分探しとか成長とか、そういうのとか違うんです。僕は何者でもよかったんです。意味わかる?何者でもよかったんですよ。僕じゃない何者かになれれば。とにかく僕はどんな手を使ってでもこの状況から脱却しなきゃいけなかったんです。

 

 そして結局僕がどうしたかというと、まあ言ってしまえば結局、僕はその判断を保留したんですよね。保留して、後回しにしたんです。3年間の留保。保留の人生。『アカギ』の浦部みたいな感じですよね、知らんけど。何言ってっか分かんねーけど普通に。

 

 なんかもう、僕ってホントにどうしようもないんですよね。ホントに子供なんです。ふつうこのくらいの歳ならこれくらい成熟してるだろうという、そういう水準みたいなものがあるとしたら、僕といったら恐らくその半分にも達していないんです。

 

 だから何だろうな、つまり、時間が必要なんです、僕には。もっと時間が必要だと思ったんです。分かります?僕の言ってること?いっつもこんなこと言ってる気がしますけど、でもまだまだ足りないんです。人並よりもずっと成長の遅い僕が、人並の度量と覚悟を持って人生の決断をするには、もっともっと、もっとたくさんの時間が必要なんです。それが3年で十分なのかは分かりませんけど、でもとにかくそれは今じゃない気がしたんです。分かります?僕の言ってること?

 

 まあこんなこと言ってる時点で僕はまだまだ子供だってことですわ。ホントに僕はどうしようもない人間なんですよ。ホントにどうしようもないんです。

 

 でもこの2年間で気づくことができたのは、僕は本当にどうしようもない人間でホントに人間のクズのカスのウンコなんですけど、それでもなんか、僕に優しくしてくれる人たちがいるんだよね、世の中って。

 

 なんかこれってホントに不思議なんですよね。僕ってホントに何も取り柄がない人間だし、何か人の目を引く特徴とか特技があるわけでもないし、話してて面白い人間でもないし、仲良くすることで何かツテというか、リターンみたいなものを提供できるわけでもないし、要するに、僕ってホントに、この人間社会において、とっくのとうにボコボコにされて淘汰されてもおかしくないような人間なんです。

 

 それなのに、この世の中には僕と仲良くしてくれる人がいて、僕に優しく接してくれる人がいて、応援してくれる人がいて、期待してくれる人がいて、相談に乗ってくれる人がいて、助言をくれる人がいるんですよね。でも精神的に絶不調の時期にあった僕はそういう、色んな人の優しさのおかげで、その人たちの優しさに支えられて、こう、なんというか、アレ・・・なんて言うんですか?あんま言葉が浮かびませんけど。つまりそういう、僕という人間は、確かにダメな人間で、とっくに社会から淘汰されてもおかしくないような人間ですけど、にもかかわらずそうやって僕に好意的に接してくれる人たちがいて、そしてそういうたくさんの人の、恐らく僕が思っているよりもずっとたくさんの人の、ずっと深い優しさに支えられて、こう、なんか・・・なんて言うんですか?あんまり浮かばないんですけど。

 

 なんというか、アレなんすかね?皆さんってなんか、人付き合いをする時に、損得とかリターンとか、そういう系のことって考えない感じなんですか?なんか適当にフワっと、なんかおもろいからみたいな感じでやってるんすか?いや、僕は別に、単純に皆さんと一緒にお話したり遊んだりするのが楽しいから仲良くしたいと思ってるんですけど。皆さんもそうなんですか?一緒なんですか?でも僕自身は別にそんな付き合ってて楽しい人間じゃないですけどね、普通に。まあこれ言い出すと堂々巡りになるんでこの辺にしときますけど。

 

 まあでもとにかく言えるのは、修士の2年間、特に最初の1年間はホントにしんどかったしメンタル的に危機に瀕していたけれども、そういう人たちの優しさのおかげで、それに支えられて、どうにか自分を保つことができたってことですね。僕と仲良くしてくれる人たちのおかげで、完全に世界から孤立せず人との繋がりを保って過ごすことができたし、授業とか研究の苦しみを共有できる仲間がいたから、辛い中でも笑っていられたし、指摘や助言をくれる教員がいたから、どうにか少しずつでも研究を前に進めていくことができたし、僕に期待をかけてくれる家族とか他の研究者の方々とか、そういう人たちがいたから、ああこの人たちの期待を裏切らないように頑張ろうって、その思いでここまでやってこれたんですよね。なんか、これって別に、研究とか僕の人生とかに対して実利的なコミットメントがあったかどうかとか、僕と関係性が近いとか遠いとか、そういう問題じゃないんですよね。人間関係がもし点と線でできたネットワークだとして、別にその点どうしを結ぶ線の長さって問題にならないじゃないですか?それと同じで、僕の足元には人間関係の”網”があったんですよね。関係性という点と線で織りなされた網が。そしてそれが支えになって、僕は自分のアイデンティティーというか、精神性みたいなものを守ることができたんです。

なんかこういうことって、全然今まで思ったことがなかったんですよね。つまりアイデンティティーの危機に立たされる前、僕が自発的に自分のアイデンティティーを規定することができていた時分には。でもそれが喪失の一歩手前に瀕して、自分の存在性とか、存在意義とか、そういう一切のものが分からなくなった時に、初めて僕はそのことに気づいたんです。そして分かったことには、その自発的なアイデンティティーというもの、いや僕がそう思っていたものでさえ、他者との関係性に基づいてしか規定され得ないものだったってことなんです。意味わかる?例えばですけど、僕が自分で自分のことを、人間のクズ、社会不適合者、ショタちんぽ、みたいに評価したとしますよね?でもこれって当たり前ですけど、他者との相対評価でしか語られ得ないものなんですよ。意味わかる?普通の人間がいなければ「人間のクズ」が意味しているところは明らかにならないし、適合するための「社会」がなければ社会不適合者にはなれないし、お姉さんがいなければ「ショタ」は生まれないんです。もしこの世界に人類が僕一人しかいなかったら、僕の人間性とか、アイデンティティーっていうものは決して生まれなかったはずなんです。というのは、単数の性質だけを見た時に、それがその「種」の性質なのか、それともその「個体」が持つ個性なのかを判別することは決してできないからです。だから僕が、いや僕に限らず全ての人間が、自分の個性とかアイデンティティーとか、趣味とか特技とか何やらかんやら、そういうものを考える時、そこには必ず相対評価としての基準となるべき「他者」が存在していなきゃいけないんです。僕はそれに気づいてなかったんです。え?って思うかもしれませんけど、ホントなんです。今まで僕が僕自身について考える時、僕は僕の内在的な性質とか、個性みたいなものを、無意識的に、押し並べて自発的なものだとみなしていたんです。あるいは、僕の中に何か「社会」みたいな、絶対的な指標を自分の中で勝手に作り出して、それに対する評価で考えていたんです。でもその「社会」というのは、言うまでもなく他人との関係性に他ならないんですよね。つまり僕の存在とかアイデンティティーってのは、僕が一人で適当にウンウン唸って考えて捻り出せるようなものでは決してなくて、他の人との関係の中においてしか、そして「他の人の目に写る自分」という観点でしか、規定され得ないんですよね。分かります?僕の言ってること?

 

 まあそういうことですね、僕が考えたのは。

 

 そしてその上で思ったのは、もう、いいと。一旦考えるのやめよっか、って思ったんですよね。僕の存在とか自己同一性とか、もういいよって。そんなんもうどうでもいいよって。でもとにかく僕は、僕に優しくしてくれる人たちのために頑張ろうって、そう思ったんですよね。恩返しとか何やら、そういう高尚なことを言うつもりは全くないんですけど、でもなんか、何だろうな、そういう人たちの優しさに見合うというか?こう言うとまた間違えてるような感じがしてきちゃうんですけど、その優しさに対して、少なくともその分には値する存在になれるようにというか?助言をくれた人たちに応えるために、その助言分研究とか諸々のことを進めたりとか。僕に期待してくれる人たちに応えるために、あ、こいつやっぱ”やる”なみたいな、やっぱこいつスゲェわみたいな?なんかそういう感じになりたいというか。うーんなんか、何て説明したらいいのか分からないっすわ。まあでもなんかとにかく、とりあえず頑張ってみるかって、とりあえず考えるのやめて一旦頑張ってみるかって、そう思ったんですよね。

 

 まあそれで色々頑張ってたら根詰めすぎてまたメンタル壊れそうになっちゃったんですけどね。ハハハ…。とことん人生に向かなすぎるこの体。不便すぎて草。ワロタって感じです。

 

 なんかこれ最近気づいたんだけどね~、あんま頑張りすぎるのって良くないよ、実際。なんか適度に、コンスタントに続けていった方が何だかんだ平均的に良くなることの方が多い、実際。少なくとも僕の場合はそう。

 

 なんというか、僕って知っての通りめちゃくちゃモチベとか感情の上下がデカいんですけど、なんかホントに良くあるのが、モチベがめちゃくちゃ盛り上がってる時に、うおおぉぉマジでやるぞ!人生は勉強や!みたいな感じで、文字通り寝食も忘れて?平日休日問わずずーーっと頑張るみたいなことをやっちゃうんですけど、これは研究とかに限らずゲームとかもそうね?そんな感じで一気に全速前進しちゃうんですけど、ある時にふと壁にぶち当たったり、思うようにいかなかったり、外的なストレスとかに晒されると、それまでの熱量が嘘みたいに一気にしぼんでいって、それでいきなり全然何もやらなくなっちゃうみたいな、そういうことがホントに多いんですよね。いやこれマジで多いんすよ。

 

 でも今までは、まあそれでいいかって思ってたんですよね。頑張りすぎて、その結果燃え尽きたって構わない、って感じです。そこでちゃんと休息を取ると尚良し、ってそれけんた食堂やないか。モチベがなくなったらしっかり休んで、それでモチベが戻った頃にまた頑張ればいいやって、そう思ってたんですよね、今までは。そしてそれで何だかんだやってこれてたんですよね、今までは。

 

 でもなんか最近になってからは、そうやってやってたら、なんかモチベが全然戻ってこなくなっちゃって。無気力な日々がずっと続いて、それでどんどん気持ちも萎えていって、みたいな。なんでなんだろうねこれって。年なのかな?いや、24で年とか言うと僕よりも年配の方に怒られちゃうかもしれませんけど。でも実際24って、もう自分の溢れ出るエネルギーだけで何でもかんでも動かしていけるような年齢ではないじゃないですか。なくないですか?いやまあ別に何でもいいんだけどさ。

 

 でも最近気づいたのが、モチベがめっちゃ有り余ってる時でも、逆にそこを自制して努力の量を抑えて、休息をちゃんと取るようにすると、そして逆に、モチベがそんなに湧かない時でも、少しでも簡単にできるタスクを見つけて少しずつ片付けていくようにすると、なんか長持ちするんですよね、モチベーションが。これホントに最近気づいた。皆知ってた?知らなかった人は是非今度やってみてください。

 

 あとこれも最近気づいたんだけど、生活習慣とかもちゃんと正した方がいい。いやこれホントにガチだから!なんか怪しい自己啓発的なやつじゃなくて実体験だから!ホントにこれガチなんですけど、同じ睡眠時間でも、4時寝12時起きよりも0時寝8時起きの方が能率いいし、カップ麺とかエナジードリンクとかやめて、ちゃんと食事摂って栄養バランス整えた方が明らかに体調がいいんです。精神の状態も全体的に良くなるし、別に体調は普通だけどなんとなく体がダルいみたいな時も明らかに減りますよ。これホントにガチだから!嘘だと思ったら試してみてくださいホントに。

 

 なんか僕って、今までずっと自分が夜型だと思ってたんですよね。夜の方がなんか活発に動く気になれるし、それになんか、普通に生活してると寝る時間がどんどん遅くなってくんですよね。ある日0時に寝たら次の日0時半くらいにならないと眠くならない、みたいな。そして次の日0時半に寝たら次は1時に寝るんですよね。ずーーっとそうだったんですよ。だからずっと僕って自分のこと夜型の人間だと思ってたんですけど。でも違ったわ。単に日中活動してないから体力が有り余ってるだけだった。ちゃんと毎朝起きて昼間に活動してたら普通に夜寝れるようになった。ていうか何なら寧ろどんどん早まってる最近は。0時寝かと思ったら11時になってる。いや、これは普通に単に体力が衰えただけな可能性は無きにしも非ずだけど。

 

 まあそういうことですね。どういうことだよって感じですけど。まあとにかく、この2年間色々あったけれども、色んな人たちのおかげでどうにか生き延びることができたって感じです。そのことについては、もう感謝してもしきれないくらいです。そして今はそういう人たちのために、ためにって言うとなんか変だけど、そういう人たちに向けて頑張っているって感じですね、今は。

 

 でも大事なことには、僕の「危機」はまだ去ったわけではないんですよね。僕は単にその決断を保留したに過ぎない。また数年もしたら同じ危機がやってくるのはもう既に決定事項になってるんです。そしてもっと大事なのは、もうこれ以上の保留はできないってことです。もう次は、次こそはいよいよ決断しなきゃいけない。そしてその時までに僕がそれに必要な余裕と覚悟を持って迎えられるかは全く以て分からないんです。

 

 でも一つ違うのが、僕はその「危機」を一度体験しているということですね。そしてそれが次また来ることも分かっているってことです。これはデカいね、実際。いや本来なら、つまり普通の人間であれば一度目の時点でとっくに対応できてるとは思うんですけど。でもこれは実際デカい。その危機に相対するだけの能力と成熟がその時の僕にあるかは全く分からないことですけど、でも少なくともその危機が来るということを知っていれば、それに向けて準備することはできるわけですから。

 

 だから僕がこれからやるべきは、つまりそれに向けて準備するってことです。僕はもっと人間として?社会に出るためのまっとうな人間に向かって成長していかなきゃいけないし、もっともっと、何と言うか、何だろうな、色んなことを知っておかなきゃいけない。勉強しておかなきゃいけない。考えていかなきゃいけない、ってことです。だから僕の今後の人生、ホントに予断を許さない状況なんです。少しずつでも、この現状を脱却するために頑張らなきゃいけないんですよ、僕は。これは他ならない僕のためにです。

 

 でもなんか、こういうことばっか考えちゃってるからなんですかね、なんか最近、生活してて、息が苦しいんですよね。息苦しいというとなんか違うな。なんか、何て言えばいいんだろう、まあ要するに、端的に今の僕の状態を言えば、余暇を心から楽しめないんですよね。分かります?僕の言ってること?

 

 何と言うか、なんかゲームしてたりとか、ダラダラYouTubeとか見てたりすると、まあそうやって休むこと自体はできるんですけど、なんか心のどこかでは、アレ、あの作業進めとかなくて大丈夫かな・・・とか、あ、あの勉強今のうちに進めとかないと時間取れないよな・・・とか、あ、昨日図書館で借りた本まだ読み終わってないな・・・とか、って、なんか色々と考えが渦巻いてきちゃって、僕を現実に引き戻そうとするんですよね。現実というか、何だろう、少しでも何か生産的な活動に駆り立てようとしてくるんです。それがなんか、悪魔のささやきみたいな感じなんですよね。普通逆じゃないですか。普通悪魔のささやきって、娯楽に誘惑してくるものじゃないですか。でも僕の中では、天使の方が寧ろ休め休めって言ってくるんです。お前これ以上やったらメンタル持たないだろと、土日はちゃんと休むって約束だったろって言ってくるんです。でもなぜか悪魔の方が、いや、平日は研究してるんだから土日に本読んだり勉強しないと一生進まないだろ!ほら、頑張れ頑張れ!って、頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ!って、いやそれ松岡修造やないかい。

 

 だからそれでなんか最近は、休んでないとか、休めないとかいうわけでは決してないんですけど、でも休むときには必ず、「時間を無駄にしている」という意識が必ず心のどこかに引っ掛かってるような状態なんですよね。これがホントに息苦しいんです。分かる?僕の気持ちが?ホントに息苦しいんですよ。

 

 どうして、どうしてこんなことになっちゃったんですか?昔はもっと、いや昔どころか、ほんの数年前までは、もっと純粋に、気軽に娯楽を摂取できていたはずなんです。時間を消費的な活動に捧げることができていたはずなんです。それどころか、もっと遡って、中学生高校生の時なんて、純粋どころか、そもそも時間の無駄とかなんとか、そういう概念すら考えていなかったはずなんです。ただ目の前のことに熱中して、楽しんで、それで十分だったんです。毎日毎日文芸部の部室に通って、みんなでボードゲームして帰る、そんな何の生産性のない日々を送ることに何の疑問も抱かなかったし、それが数か月、いや1年2年と続いても全然飽きないどころか、寧ろそれが永遠に続いてもいいとさえ思っていたはずなんです。

 

 何だろう、なんというか、魔法、みたいな感じなんですよね。意味わかる?僕は魔法にかけられていたんです。あるいは、この世界のあらゆるものが、魔法に満ちていたんです。分かります?僕の言ってること?キラキラと、輝いて、星みたいに。僕はそれをバカみたいに追っかけてるだけで満足だったんです。分かります?僕の言ってること?

 

 それが今はなんて下らない!有意義とか、無意味とか、自分勝手に物事に順序付けして、自分がやることなすことを規定付けようとして、やることなすことに正当性を与えようとして、そういう行為自体が一番無意味なことだって気づいていながら、それを辞めることができないんです。どうして、どうしてこんなことになっちゃったんですか?誰が魔法を解いてしまったんですか?誰が星を隠してしまったんですか?それとも変わってしまったのは僕の方なんですか?

 

 分かりません。もうホントに分からないんですよ僕は。でもこれだけは言えるのは、僕はどうあれ、心の奥底では、何か純粋なものを求めてるってことです。純粋に何かを楽しみ、純粋に何かを追い求めて、純粋に何かと向き合う、そういう飽くなき純粋さを、そしてそういう日々を望んでる。にも関わらず皮肉にも、僕の現状からの脱却という卑小な希求は、内在的な成長への要求は、僕をそういう純粋さからいよいよ遠ざける方向に僕を運び去っていくんです。

 

 なんか、どうしてこうなっちゃうの?どうしてこうなっちゃったんですか?僕の人生、どこで間違えてしまったんでしょうか。中学受験をせず共学に行ってたら変わりましたか?大学受験もっと頑張ってもっといいところに行ってたら変わりましたか?ピアノをずっと続けていたら変わりましたか?マリオを16分台、15分台出すまで頑張ってたら変わりましたか?サークルから逃げずに最後までやり切ってたら変わりましたか?サークルの女の子を、そしてサークルの人たちをブロックしていなければ変わりましたか?それとももう最初から何か間違っていたんでしょうか。僕は一体どうして、いつからこんなバランスの悪い人間になってしまったんでしょうか。

 

 まあそういうことですよ。つまりどういうこと?って感じですけど。いや、そうやって一言で表せるんだったら、ってもういいかこのくだりは。まあ一言で表してもいいですけどね、今回は特別に。つまり今僕が思っていることを一言で言うと、

 

 

 

チクショーーーーー!!!!

 

 

 

って感じです。って、いやそれコウメ太夫やないかい。

 

 でも実際チクショーって感じですよ。まいにちチクショーって感じです。どうしてこんな生きづらいんだって思いますよ、世の中。これ僕だけなの?生きづらいの僕だけ?いや、そういうのいいから。僕よりもっと苦しい環境の人もいるとか、それは恵まれてる人間の悩みだとかどうとかこうとか、そういうのいい。そういうのいらない。実際僕は今生きづらいんです。調子が上振れて下振れて、どうにも極端でしかいられなくて、それでもどうにか人並みになろうとして、仮初の理屈で自分を奮い立たせて、その挙句、自分が求めるものと望んでいるものとの間で引き裂かれて苦しんでいるんです。

 

 なんというか、これって僕だけなん?こんなライフステージごとに苦しい思いしてんのっておかしいんか?他の人はなんか適当にフワっとやってればぬるっといけるもんなん?

 

 逆に聞きたいんですけど、皆さんってどうやって”大人”になれたんですか?皆さんって、僕が知った時は大体みんな大学生だったと思いますけど、なんか普通に働き始めて、なんか普通に社会の中で暮らしていけてて、でも一方で普通にマリオとか趣味も続けられてて、なんか普通に、自我を維持しつつ環境を変えてそこに適応できてるじゃないですか。人間社会と折り合いをつけて、自分の人生を歩み続けていられてるじゃないですか。いや、なんでなん?どうやったらそんな芸当できるんですか?普通になんか適当にやったらできるもんなんですか?それ。僕はなんか、めちゃくちゃ精神的にボコボコにされて、どうにか足掻いて足掻いて、必死に頑張って、ようやく現状維持みたいな感じなんですケド。これって僕がザコいだけ?それとも皆さん、表には出さないだけで実はめちゃくちゃ頑張ってて、それである種の悟りというか、高い精神性に達してるみたいな感じなんですか?それともこの僕の頑張りとか足掻きとかが、一般のレベルからしたら普通に全然足りてないみたいな、単に僕が甘えてるだけみたいな、そんな感じなんですか?

 

 もう分かんないよ僕は。本当に分からない。人生が何なのか。何が正しくて何が間違ってるのかもわからないし。僕の人生これからどうなっていくのか、どうなっていくべきなのか。まるで分からないんです。ただ僕が言えるのは、たとえその結果が現状維持に過ぎなかったとしても、僕は足掻き続けざるを得ないんです。どうにか頑張っていく以外に選択肢がないんです。さもなくば、アリジゴクみたいに、どんどん砂の中に呑み込まれていってしまうような気がするんです。そしてそれがある段階に達した瞬間に、フッ、って、深い闇の中に落ちていってしまうような、そしてそこに落ちてしまったが最後、二度と元の場所に戻ってくることができないような、そんな気がするんです。だから僕はどうにかジタバタ手足を動かして、今ある場所に留まらざるを得ないんです。分かります?僕の言ってること?

 

 なんかもうホントに生きづらいですよ。とかくに人の世は住みにくい、ってやつです。漱石みたいな、溌溂な感性と才能を備えた文豪でさえ生きづらいと言ってるんです。僕みたいな何の才能のない凡夫が感じる生きづらさといったら、もう想像に難くないってもんですよ。

 

 そして何が一番やばいって、これ言ってるのが、今ここで生きづらいだのなんだののたまってるのが、24歳独身男性ってことだけどね。これがマジで一番ヤバい。いつまでそんな子供じみたこと言ってるん?君の同期は今ごろ普通に自立して普通に働いて、普通に社会に適合して生活できてますってハナシ。そしてこれから普通に結婚とかして普通に子供とか産んで、普通に出世して普通に部下を持って、そういう普通の、人並みに幸せな人生を普通に全うしていくんです。そしてその普通に生まれた子供が、普通に育てられて普通に成長して、また普通に自立して普通に社会に出て、それを繰り返して、普通の人たちの社会が、世界が出来上がっていくんです。僕は何ですか?24歳になってもメンタルがどうのアイデンティティーがどうの、目の前の危機から逃げて保留して、成長とか何とか言って、純粋なものがどうとか言って、適当な理屈で、自分で自分を傷つけてる。僕は何?24年間生きてきてこれ?お前のこと誰が好きなん?って、いやそれ粗品やないかい。

 

 24歳にもなってこんなこと言ってるの、実際ヤバい。そしてこういうことをのうのうとブログに書いていられるのもヤバい。ヤバいって。このままじゃ厳しいって。ガチで危機感持った方がいい。男として成熟しない、って、それジョージやないかい。

 

 まあでもなんか逆に、こういうことを、つまり人生がどうとかみたいなことを、中学生高校生とかが言ってたらと思うと、それはそれでイヤだけどねなんか。いや普通に全然まだ子供でええやないかってなっちゃう。とうとう子供にこれを言わせるのか・・・ゴア王国!って、それワンピースやないかい。

 

 

 

おわり

 

 

 

 

 

音楽の話

 

 

 なんか、思ったことを話してもいいですか?

 

 いや、分かってますよ。そんなこと十分分かってます。この前書いたブログがまだ書き終わってないってことは。

 

 でも別にいいでしょ?あんなん多分誰も読んでないし多分。それに何だか、今はそういうんじゃないんですよね。意味わかる?今はそういう感じじゃない。物事を時系列通りに順々に書き並べていくみたいな、そういうことをする感じじゃないんです今は。分かる?分かるかな?

 

 なんでかというと、つまりなんでそんな感じになっちゃったかというと、まあ端的に言えば修論に心を破壊されたからですね。

 

 いや~もうホントに修論キツかった。精神的に重圧だったっていうのはまあもちろんそうなんですけど、シンプルに書く文量が多すぎた。どれくらい書いたかと言うと、A4用紙にしてちょうど150ページになったんですけど。しかもこれ英語で書いてて、体感英語と日本語だと1.5倍くらいページ数変わるんで、まあざっくり220ページ分くらい?

 

 いや、ヤバいでしょ。小説?いや下手したらその辺の小説よりも長いよコレ。そんな量の文章をだいたい1か月半かそこらで書き上げなきゃいけなかったってんだから、まあそりゃ心の1つや2つは壊れますよねって話。

 

 まあそんなことはどうでもいいんだけどさ。まあとにかく、今はあんまり、今までみたいに時系列順に起こった出来事とかを書いていくみたいな、そんな気分じゃないんですよね。

 

 じゃあブログ自体書かなくていいんじゃないかって気がしますけど、違うんだよね。ブログは書きたいの。分かります僕の言ってること?分からんか!

 

 ブログを書く気はある、っていうか書きたいんですよ。せっかく修論から解放されて、でこれは僕の勝手ですけど、この2月3月はあんま研究進める気ないんですよね。だからなんか、この空白期間にブログをちょいちょい書きたいなーとは思ってるんですよ。でも日記を書いていくのは違うっていう。分かります?僕の言ってること?

 

 で、まあそれでどうするかというと、まあとりあえず思ったことを書こうかなって、そう思ったんですよね。いいですかそれで?まあダメって言われても書きますけど。

 

 で、それでじゃあ何を書くのかというと、まあ音楽の話かなって。というのは、なんか最近音楽のことをよく考える、ていうか考えちゃうんですよね。

 

 どうしてかというと、ここ最近音楽にちょいちょい触れる機会があった、いや触れちゃったからなんですけど。

 

 触れる機会というのは、例えば、僕の研究室の同期がいて、彼はピアノが趣味で今も弾いてるらしいんですけど、修論の時期に現実逃避でめちゃくちゃピアノ弾いてたらしいんですよね、彼。で、それで、「じゃあなんか一曲聞かせてよ」みたいな感じで、大学の講義室にあるピアノをちょっとの間借りて彼に弾いてもらって、お~wみたいな。

 

 あと、僕には姉がいるんですけど、姉も楽器を、まあピアノとヴァイオリンをやってるんですけど、それで何か市民の管弦楽団みたいなのに所属してるらしくて、その定期演奏会が最近あって、それで来てって言われて、まあ行って演奏を聴いたみたいな。そういうのとかね。

 

 まあそんな感じで、なんか最近結構な頻度で、音楽に触れる、いや触れちゃう機会が何度かあって、それでなんか最近ちょくちょく、音楽について考える、いや考えちゃうことが増えたんですよね。

 

 まあ要するに、僕ってやっぱ何だかんだ音楽が好きなんですよね。あんまりブログとかで語ったことはないような気がしますけど、何だかんだ音楽大好きボーイなんですよね、僕って。

 

 なんでそれを殊更に語らないかというと、まあ何だろうな、僕が言う音楽って、ロックとかジャズとかそういうカッコいい感じの奴じゃなくて、なんかオタクっぽいクラシックとか、あとはまあゲーム音楽とか、そういう系なんですよね。僕ってオタクくんなんで。意外かもしれませんけど。

 

 それに、僕って実はピアノを12,3年くらいやってたんですけど、やってた年数に対して実力がカス過ぎるんですよね、正直言って。だから何だろうな、ぶっちゃけ、あんまり人にピアノの話をしたくないんですよね。何やねんって感じですけど。

 

 まあそんな感じで、音楽は好きなんですけど、あんまりそれを人に話したり、意見を言ったりするのはあんまり好きじゃないっていう、そういう感じなんですよね。

 

 でもまあブログだったらいいかなみたいな。どうせ誰も読んでないだろうしこんなブログ。よしんば読んでたとして、別に内容として僕のブログを把握してるわけじゃないというか、なんか適当に読み流してるだけでしょ?みんな。だからまあいいかなっていう、まあそういう感じですね。

 

 まあそんなわけで、音楽のことを話そうと思うわけですけど。

 

 まず僕がピアノを習い始めたのは、たしか5歳の頃ですね。これは多分一般的には早い方なのかな?分かりませんけど。

 

 どうして習い始めたのかというと、まず僕の姉が最初にピアノを習ってたんですけど、それで、だいたい音楽教室ってのはどこも定期的に発表会みたいなのがあって、そこで姉も弾くってんで、家族で見に行ったんですね。それで、色んな人たちがピアノを弾いてるのを見て、いいな~って思って。それで、僕もピアノ習いたい!って親に言ったんですよね、確か。

 

 まあそれでピアノを習い始めたわけですけど、まあ最初の方は楽しかったですね、実際。楽しかったんですけど、うーん、何だろうな、当時の僕がホントに「ピアノを弾くこと」を楽しんでいたかというと、若干それは怪しいところがあるんですよね。

 

 つまり僕は純粋にピアノを弾くことが楽しかったんじゃなくて、ピアノを弾けるようになったことで、親とか周りの人に褒められることが楽しかったんじゃないかって、今思うとそんな気がするんですよね。5歳とかってまだ幼稚園児の頃ですから、その時からピアノなんか弾けたらまァ~褒められるわけですよ。チヤホヤされるわけですよ。僕はそれが気持ちよくて、つまり純粋に音楽を愛する心と言うよりも、単に褒められることに対する報酬系の刺激を求めてピアノを弾いてたんじゃないかって、そんな気がするんですよね、今となっては。

 

 まあそれはどうでもいいんですけど。

 

 それで、まあ何はどうあれピアノの趣味は結構続いて、小学校6年生のころまで続くんですけど、でもそこで一旦辞めちゃったんですよね。なんでかと言うと、中学受験があったからですね。中学受験って結構余裕ないんでね、子供も親も。いや、もしかしたら余裕がなかったのは僕だけかもしれませんけど。まあとにかくピアノとか続けていられるような感じじゃなかったんで。

 

 でもこれは覚えてるんですけど、ピアノを辞めた時、つまりピアノ教室の先生に辞めますって言った後、家に帰るまでの帰り道を歩いている時、泣いてたんですよね、僕は。

 

 でも泣いてたってことは覚えてるんですけど、それがどうしてなのかは分からないんですよね。その時何を考えてたかってのは覚えてないんです。ピアノから離れることの寂しさなのか、それとも自分の趣味とか特技みたいなものを失ったことの悲しさなのか、今となってはわかりゃしないんです。でもとにかく言えるのは、僕はその時確かに泣いてたんだってことです。

 

 それで、中学受験が終わって、中高一貫の私立に入って、中学2年生の頃かな?またピアノを習い始めました。2年以上ブランクがあったんで、もうほとんど1からやり直すみたいな感じでしたね。

 

 それで、これもまたぞろ大学受験がある高3の時期まで続けることになるんですけど、正直言うと、続けてたっちゃ続けてたんですけど、あんまり練習に身を入れるような感じじゃなかったんですよね。

 

 それは1つには部活動が、つまり文芸部の活動があって、まあ活動って言ってもボードゲームなんですけど、まあそれで結構帰りが遅くなりがちだったっていうのがあるんですけど、それに、僕って高1くらいの時からちょいちょい塾に通ってたんですよね。まあこれも別にそんな気合入れて勉強してたってわけじゃなくて、ただなんか通ってたっていう、それだけなんですけど。まあとにかくそんなわけで、時間的にそんなに余裕があるわけじゃなかったっていうのが1つの理由ですね。

 

 そしてもう1つはというと、まあ端的に言えば、””限界””を感じ始めたからですね。限界ってのはつまり、自分のピアノの実力がってことです。もう上限に触れちゃったんじゃないかって。いや、こう言うとちょっと語弊があるんですけど。もちろん練習すれば練習するだけ上達はすると思いますけど、それはそうなんですけど、それで上達していって上達していって、自分の中で、その究極形みたいなものに辿り着いたとして、僕の場合、なんかあんまり大したことにならないんじゃないかって、そう思ったというか。気づいちゃったというか。

 

 まあ要するに、「オレって才能なくね?」ってことですね。

 

 これはどういうことかというと、これをちゃんと話そうと思うと、僕の姉の話をしなきゃいけないんですけど。

 

 僕の姉って、ピアノ上手いんですよね、実は。贔屓目とかじゃなく、その辺の人より圧倒的に上手いんですよね。もちろんプロとか、音大芸大の人とかと比べたらもちろん劣りますけど、それ以外の一般ピーポーたちの中で言ったら、僕は姉よりピアノが上手い人間を見たことがないですね。そのくらい上手いんですよね。

 

 それで、ここが重要なんですけど、この「上手い」って、技術があるとか、表現が豊かとか、そういう話じゃないんですよね。なんというか、もう音が違うんですよね。全く同じ曲を全く同じように弾いても、一つ一つの音の音色と言うか、響き方が違うんです。姉はそれが「上手」かったんですよね。僕は「下手」だったんです。

 

 これってホントに不思議なんです。どうしてこんな差がつくのかわからないんですよ。確かに何かが違うんです。違うんですけど、それがどうしてなのかさっぱり分からないんです。弾くときの力の入れ方とか、指の形とか構え方とか、まあ何かしらは違うんでしょうけど、でも実際何がどう違うのかは分からないんです。

 

 それで僕が思ったのは、これが「才能」なんじゃないかってことです。分かります?僕が言ってること?

 

 模倣しようとしてもできないもの、生まれつき与えられていて努力で変えようがないもの、そういったものを「才能」と呼ぶんだとしたら、まさにこれが才能なんじゃないかって、そう思ったんです。分かります?僕が言ってること?

 

 そして何よりも重要なのは、そう思った瞬間、つまり僕が「自分には才能がない」と認識した瞬間、もう僕のピアノは「終わった」ってことなんです。僕のピアノの演奏からは一切の色味が失われて、僕はさしずめ翼の折れた天使のように、ただ落ちていくだけの身になったってことです。そして才能ある人間が、その大きな翼を悠々と広げて大空へと飛び去って行くのを、ただ茫然と眺めているだけの凡夫に成り下がったってことなんです。分かります?僕の言ってること?

 

 だからそれに気づいてから、高校の後半くらいからはピアノの練習をあんまり身を入れてやることができてなかったし、大学受験が終わってからも、なんか、もうピアノはいいかなって、そう思ったんですよね。もうこれ以上やっても無駄かなって。

 

 それで、もうピアノは一旦辞めようってなったわけですけど。でも何だろうな、たとえ僕にピアノの才能がなかったとして、だからといって音楽それ自体を諦めることはできなかったんですよね。それをするには音楽と長く付き合い過ぎたというか。腐れ縁幼馴染というか?よく分かりませんけど。

 

 それで、じゃあなんかいっそ別の楽器を始めてみようかなって思って、それで、これは姉の誘いなんですけど、他大の弦楽器のサークルに入ることになったんです。それでサークルに入って、最終的にどういう感じになったかというと、まあ以前のブログに書いた通りですけど。

 

 って、これ書いて思ったけど、サークルの話書いたのももう結構前なんだね。時が経つのって早いな~。当時と今で読者層が変わったかどうか分からんけど、ていうかこの記事を今読んでる奴がいるか分からないけど、当時のブログのリンク一応置いておきますね。

 

arlenadja.hatenadiary.com

 

 ここに書いてないことで何か言うとすると、結局僕はサークルに入ってからもピアノを弾き続けたってことですね。これは、サークルに入るその時には知らなかったんですけど。僕のいたサークルは1年に1回、自分たちで勝手にメンツを集めて合奏みたいなことをする、内輪向けの演奏会みたいなのがあって、なんだかんだ一人1曲か2曲は弾くことになるんですけど、弦楽器のアンサンブルって結構ピアノが組み込まれることが多いんですよね。それで、まあピアノ経験者が多くなかったってのもあると思うんですけど、ピアノ入りの合奏をする時には僕が呼ばれることが何度かあったっていう、まあそういうわけなんですけども。

 

 そして事実として、合奏でのピアノは結構楽しかったんですよね、実際。ソロと合奏ってもうホントに全然違って、RTAで言うと記録狙いとリレー大会くらい違うんですよね。全然違うじゃん!ってなるっしょ?いや、ホントに全然違うのよ、これが。

 

 一人で好き勝手に弾けばいいソロと違って、合奏ってのは皆で合わせなきゃいけないもんなので、表現の仕方とか、テンポ感とか、みんなで話し合って、お互いに譲り合って決めて行かなきゃいけないんですよね。こう書くとなんかめんどくさそうな感じしますけど、それがね~、なんか楽しかったんですよね、当時の僕にとっては。新鮮だったというか。

 

 でもその反面、みんなでやる以上絶対ミスれないんで、そこはかなりプレッシャーを感じましたね。ソロだったらミスっても適当にやりなおせばいいし、微妙な出来になっても恥かくのは自分だけなんで。でも合奏だったら誰かが崩れたらもう「終わり」なんで。だから結構本番前は「追い込み」がヤバかったみたいな、そういうところはありますね。

 

 そしてもう1つ言うとすると、サークルで活動していた日々は、やっぱり何だかんだ楽しかったってことです。でも一方で、じゃあもう一度やりたいかというと、もうやりたくはないですね。分かります?僕の気持ちが?

 

 どうしてかというと、やっぱり僕にはサークルの人間関係というか、人間同士の細かいやり取りというか?そういうのがやっぱり僕には合わなかったんですよね。当時の若かりし頃の僕ならともかく、今のセンチメンタル・アルル・ナジャには、人間関係の機微がひしめく中で、自分のアイデンティティーと上手く折り合いをつけてコミュニティに溶け込むのはきっと、いや、絶対ムリだろうと思います。

 

 そしていま1つは、たとえ楽器を変えたとしても、たとえソロから合奏に移ったとしても、やっぱり僕は自分の才能の無さ、そして「才能がない自覚」という呪縛から逃れることはできなかったってことです。

 

 確かに、別の楽器に触れてみて、合奏とかもやってみて、僕のピアノも少しは成長したと思いますよ。それは認めます。でもそれでもやっぱり、僕は自分の才能という檻の中から脱することはできなかったんですよね。結局のところ、僕は自分の理想とするところには一歩も近づくことができなかったんです。

 

 いや寧ろ、そうやって理想だとか何とか、そういう時点でもうダメなんです。分かります?僕の言ってること?僕が何かピアノの曲を演奏する時、僕の中にはその曲のイデアというか、理想みたいなものがあって、僕がやっていたことはただそれを模倣しようとする試みに過ぎなかったんです。なにかそう「あるべき」ものにしがみつこうとして、自らの感性の発現によって音楽を創り出そうとしなかったんです。

 

 つまりもう、僕のピアノ人生、そのどこかある時点から、僕はもうすっかり負け組に成り下がっていたんです。一度折れた翼はもう二度ともとに戻らなくて、僕はそれで完全に意気地を削がれて、地面から飛び立つことは疎か、そのために走り出そうとすることさえ無く、ただ地べたに座り込んで、肥大化した劣等感が産み落とした卑小な「理想」を、ただ指先でなぞっていただけだったんです。分かります?僕の言ってること?

 

 そしてもう1つ、何よりも重要なのは、サークルを辞めて、楽器に触れることが一切なくなって、音楽をただ純粋な鑑賞者の立場で聴くようになって、そういう段階になって初めて、僕は初めて音楽を純粋に楽しめるようになった気がするんです。分かります?僕の言ってること?

 

 いや、ピアノを弾いてる時だって、もちろん楽しかったですよ。それは認めます。楽しかったんですけど、でも何か、ピアノを弾いてるその時は、つまり弾いている最中は、楽しかったというより、何というか、ただ必死だったんですよね。間違えないようにとか、表現がおざなりにならないようにとか、自分の思い描く「理想」から、実際の演奏が少しでも乖離しないように、音が少しでも零れ落ちないように必死だったんです。演奏本番とか、多分僕の表情とかすごいことになってたと思いますよ。鬼の形相というか。いや違うな。もっと悲壮感漂う感じ?必死乙w的な。

 

 まあとにかく、確かに楽しかったは楽しかったんですけど、でもどこか純粋に楽しめていないところがあったんです。でも楽器を弾かなくなって、その状態で音楽を聴いて、僕は初めて純粋に音楽が楽しいと思ったんです。言ってしまえば、僕はその時初めて音楽を純粋に「聴く」ことができたんです。

 

 これってホントに不思議なんですけど、ピアノを弾いていた時分には、あんまり好きじゃなかった曲とか作曲家とかも、今になって聴いてみると全然嫌いじゃない、というか寧ろ良いみたいな、そういう経験があるんですよ。純粋に音楽を聴くようになって、改めて良さに気づかされた曲がいくつもあるんですよ。

 

 なんかこれって、すごい悲しいことじゃないですか?なんか、じゃあ今まで僕がやってきたことって何だったんだって思って。僕が今まで必死に追い求めてきたものっていったい何だったんだって。もしかしたら僕は、自分の才能の無さに打ちのめされるあまりに、音楽の理想なるものを”捏造”したんじゃないかって。僕がやっていたことと言うのは、自分の才能の無さを克服しようとするんじゃなく、ただその現実から目を背けて、ニセモノの理想を視野狭窄に追い求めて、ただ勝手に片意地を張って勝手に苦しんでいただけなんじゃないかって思って。

 

 でも、これだけは確かなのは、僕は音楽が好きなんですよ。褒められるためにピアノを弾いていたころも、自分の才能の無さに打ちひしがれていた時も、僕は音楽が好きだった、いや、好きだったはずなんです。そうじゃなきゃきっと僕の性格的に、どこかでサラっと辞めてたはずなんです。だから確かに音楽が好きだったし、今も好きなはずなんです。そのはずなんですよ、、、

 

 なんか、こういうことばっかり考えちゃうんですよね、僕の人生。これは音楽に限らずそうなんですけど。こういうことばっかり考えちゃうんです。

 

 なんか、過去への後悔とか、そういうんじゃないんですよね。いや、それだったらどれだけマシだったか分かりませんよ。ああすればよかった、こうしておけばよかった、そういう後悔とか反省だったら、もしかしたら何か未来に活きることがあるかもしれないじゃないですか?でも僕の場合、なんかそういうのとは質が違うんですよね。何と言うか、ただ失ったものを数えているだけなんです。あれもダメ、これもダメ、ダメダメダメダメって、いやそれクレヨンしんちゃんやないか。

 

 何だかな~、なんかこれって僕の性格的な問題なの?僕が単に後ろ向きな性格だから失敗したことばかり思い出しちゃうだけなの?いや~それだけじゃないと思うけどな僕は。だって過去の記憶を全部掘り返しても失敗した試ししかないんですケド。これって単に僕が社会不適合者のカスだから失敗しかしてないから、だから失敗経験しか思い出せないだけなんじゃないの?いや、分かりませんけど。もしかしたらその両方なのか?いや、分かりませんけど。

 

 なんかホントに、勘弁してほしいんですよね、普通に。何がイヤかって、こうして過去を振り返ってクヨクヨしてる間にも、時間はいつも通りに進んでるんですよね。どうしようもないことを、現実じゃないことを考えている間にも、現実はどんどん前に進んでいっちゃうんです。サークルがどうとかサークルの女の子がどうとか、そんなことをずーーーーーーーーっとグチグチ言い続けて傷口を舐めてる間に、もう24歳になっちゃいましたからね僕。サークルとかもう何年前の話だよっていう。普通に、これあんまり言いたくなかったんですけど、僕普通に、研究室の同期とニコニコ動画の昔流行った動画の話とかしますからね、普通に。淫夢の話とかもしてますからね普通に。もうそろそろいいんじゃない?そろそろ飽きたんじゃない?もうそろそろ前向いて、未来に向けて歩きだしてもいい頃じゃない?でも問題は、もう今となっては、前がどの方向かも分からないってことです。分かります?僕の言ってること?

 

 まあそういうことですよ、僕が思ったのは。つまりどういうこと?って思われるかもしれないですけど、いやつまりもクソもないけど。つまりどういうこと?って聞かれて、つまりこういうことだよって言って、140字以内とかで自分の言いたいことを過不足なく伝えられるんだったら、そんなんもうとっくにX(旧twitter)にポストしてますよってハナシ。分かります?僕の言ってること?え、Blueskyなら300文字までいけますよwって?いや、そういう話してるんじゃないんだけど今。分かる?分からんか!

 

 なんか思うのは、こうやって色々言葉で語ってきましたけど、これで僕の思ったことが完全に、過不足なく説明できているのかというと、なんかできてない気がする、ていうかなんか違う気がするんですよね。いやお前ここまで読ませといてそれはないだろって感じですけど、いや、何だろうな、いや違うんですよ。

 

 つまり僕が言いたいのは、僕の、いや僕に限らず人の気持ちとか、その人が考えてることっていうのは、その気持ちそれ自体だけが「本物」だってことなんですよね。分かります?僕の言ってること?つまりどれだけたくさんの言葉でどれだけ説明を尽くしたとしても、僕の唯一本物な「気持ち」が言葉という何者かによって「表現」された瞬間に、もうそれはニセモノになっちゃうんじゃないかっていうことなんです。

 

 分かります?僕の言ってること?僕には分かりません。ちょっともうよく分かんないすわ。なんかもうよく分かんないよ僕は。何が正しくて何が間違ってるのか。今こうして考えていることだって、つまり言葉がどうとか本物がどうとか、これだってもしかしたら全く見当違いなことを考えているのかもしれないし。僕の音楽の才能とか理想の捏造とかだって、或いは全然意味のない問いかもしれないし。

 

 ほら、なんかこうやってすぐ難しいことに話を持ち込もうとするんですよね、僕って。なんか適当に小難しいことを言って適当な言葉で適当に物事を説明して適当にひっくるめて、それですべてを説明した気になってるんです。それで気持ちよくなってるんですよ。それって本質的に、マスターベーションとどう違うんですか?ってハナシなんですよ。分かります?僕の言ってること?

 

 なんか全然関係ないんですけど、最近キェルケゴールの『死に至る病』っていう本を読んだんですけど。そこでキェルケゴールの言うには、「死に至る病とは、絶望のことである」そして「絶望とは罪である」って言うんです。

 

 いや、うるせえよって感じですよね。オレはシンプルに病気だよ。社会不適合の病気。絶望とかそういうんじゃない。いや、ある意味では絶望だけど。

 

 

おわり

 

 

アルルの日記 その1

 

 うーん、なんか正直、あんまり書くことが思いつかないんですよね。いつもみたいに、僕と、僕の周りで起きた出来事を時系列順に書いていけばいいような気もするんですけど、でも前回のブログって半年前とかだったんで、そこから全部書いていったらさすがに長すぎちゃうような気もするし、それに当時僕が何を考えてたかとか何を思ってたかって、そこまで正確に覚えてるわけじゃないし、まあとにかく、ちょっと微妙な感じがするんですよね。

 

 まあでもブログを書くと言ったからには書かなきゃいけないし、他に何かうまいやり方があるのかというと別にそうでもないし、なんだかんだ言って結局、またぞろいつもみたいに起きた出来事を順々に語っていくのが一番いいって話になっちゃうんですよね、結局。

 

 なんか最近ブログを書くたびに同じようなことを考えてる気がするんですけど、そして考えるたびに結局毎回同じ結論に落ち着いてる気がするんですけど、でもやっぱりなんか考えちゃうんですよね、こういうことって。たとえそんなことを考えるのは無駄だって分かっていたとしても、じゃあそれで考えるのをやめようって言ってスパっとやめられるかと言ったら、もちろんそういうわけじゃないんですよね。ていうかもしそれでサクッとやめられるんだったら、そもそもこんなブログなんか書いて過去のことでグチグチ言わないわけで。分かります?僕の言ってること?

 

 まあそんなわけで、いつも通り一番最初のところから話していくわけですけども。一番最初ってのはつまり、前回のブログを書いた直後の辺りからですね。つまり4月前半くらい?だいぶ前になっちゃいましたね。

 

 その頃の僕が何をやっていたのかというと、書き物に追われていました。まあ学期初めということもあって細かい事務手続きとかの書類が大量にあるってのはまあそれはそうなんですけど、それに重なって、どデカいタスクが主に2つあったんですね。

 

 1つは論文です。前回のブログでもちょっと言及した記憶があるんですけど、これは雑誌に投稿するためのもので、英語で書かなきゃいけないっていう、かなりハードなやつですね。

 

 それでもう1つは、奨学金の申請書です。奨学金というと、多くの方が思い浮かべるのは日本奨学金機構(JASSO)の、奨学金という皮を被った借金のことだと思いますが、博士課程に行く場合にもらう奨学金というのは大体においてこういうんじゃなくて、返済の必要がない、つまりホントにもらえる奨学金のことを指す場合が多いですね。給付型奨学金とか呼ばれたりしますけども。

 

 それで、まあ一口に給付型と言っても色々あるんですけども、僕が出そうとしていたのは「学術振興会特別研究員DC1」というやつで、まあいわゆる「学振(ガクシン)」というやつですね。ガクシンというと、アカデミアに行く人は皆知っているしほとんどの人はこれに申請するんですけど、というのは、もしこれに採択された場合、博士課程の場合、月20万円の給与(所得税天引き前、ボーナス・手当無)と、平均年80万~90万の経費、つまり研究費がもらえるという、まあ数ある給付型の奨学金の中でもトップクラスにデカい金額がもらえるんですね。

 

 なので皆これに頑張って応募するわけですけど、まあ皆応募するだけあって倍率がものすごく高いんですね、これが。参考までに去年のデータをお見せしますけども。

 

www.jsps.go.jp

 

 僕の申請したDC1は申請者約4000人に対して採択者がだいたい700人。つまりざっくり6倍弱くらいですね。まあつまり運ゲーってことですわ、実際のところね。

 

 ちなみに同じページにPDとDC2っていうのがありますけど、PDってのはポスドク、つまり博士課程を取った後の人が応募できるやつですね。それでDC2というのは、博士課程在籍中の人が応募できるやつです。

 

 あれ、それじゃあDC1はなんなん?って思った方もいらっしゃると思いますが、これは「採択年度に博士課程1年次に在籍する者」が応募できる制度です。つまり一般には修士2年生だけが応募できるんですね。

 

 なので博士課程に行く人はほとんど全員がDC1に応募します。それでごく少数が採択されて、採択されなかった人は次年度にDC2に応募します。DC2も博士課程向けの制度で、つまり採択された年度(つまり次の年)にもDに在籍してなきゃいけないということで、一般には博士課程1年次か2年次の人が応募することになります。

 

 こうした制度設計もあって、DC2の申請書は一般に業績勝負と言われているんですね。博士課程でバリバリ研究をやっている人たちが骨肉を削って争うわけですから、まあ論文なり学会発表なり、ある程度実績を伴っていなければ話にならないということです。

 

 一方で、DC1は基本M2の人しか応募しません。分野にもよりますが、修士2年の時点で論文を書けるような仕事をできるのは稀なケースで、モノによっては修士2年間が終わって未だに研究の指針がイマイチ固まってないなんてこともザラにあるわけです。例えば僕のいる物理学分野の、特に理論が難しい領域だと、修士論文でもレビュー(他の論文や教科書の内容をまとめた論文、有り体に言えばお勉強ノート)でも全然許される、ていうか寧ろそれが普通だったりします。要は修士2年の、もっと言えば申請書を書く4~5月の時期に、見た目で分かるような業績を立てられるってのは、まあよっぽど優秀な人でない限りは厳しいわけなんですね。

 

 じゃあどうやって採択者を選抜してんねんって話になるわけですけど、それが申請書なんですね、つまりは。自分の研究内容とか、研究計画とか、あとはなんかまあ自分の強みとか何やら、申請書には色々文章を書く項目があって、そこに書かれた文章を読んで、ああ、コイツはなんかデキそうなやつだなって奴を採用するっていう、まあ要は業績じゃなくて言葉で語れってことですね。

 

 まあでも、正直言って、まあ運ゲですわ、ぶっちゃけ。というのは、ガクシンの申請書を審査するのって、まあ詳細は不明ですけど、まあ大体においてその申請した人と同じ分野の人なんですね。なので人文系は人文系の人が審査するし、自然科学は自然科学系の人が審査するんですね。つまり僕の申請書を審査するのは、まあ大体において物理の人ってことになるわけです。

 

 物理学者の文章力なんてね・・・なんかもう・・・正直、あんまこういうこと言うのもどうかとも思いますけど・・・まあ、アレですよ、アレ。ぶっちゃけね。ぶっちゃけアレっす。正直な話ね。

 

 だから、いかな僕が大人気ブログ「アルルの小説」を運営している超天才美少女ブロガーだからといって、それで顔パスで申請書を通せるかと言ったら、まあ微妙なわけですね。「分かります?僕の言ってること?」って言って、「いや、分からないけど・・・」って言われたら終わりなわけですから。分かります?僕の言ってること?え、分からない?じゃあ死ね!

 

 ていうか、まあショーミな話すれば倍率めっちゃ高いからね。6倍ってホントにヤバいから。もうなんか、文章の上手さとか、そういう差がつけられる部分だけで決着がつくような倍率じゃないよね、ぶっちゃけ。だからまあ何と言っても運ゲ要素はあるわけです。これは僕の勝手な感覚ですけど、こういう上から順に取る系の選抜では、倍率が3倍超えたあたりから運要素というか、実力だけじゃどうにもならない要素が出てくると思います。

 

 それで、なんかここまでダラダラとガクシンの紹介をしてきましたけど、なんでこんなことをずっと話して来たのかというと、これが最初の話に繋がるわけですね。

 

 先ほど言ったのは、DC1の募集対象者である修士2年はみんな基本的に業績を持ってないから、申請書の文章で差をつけることになると言いました。

 

 

じゃあ、逆に業績を持っていたら?

 

 

 それって、めちゃめちゃ優里じゃないですか?間違えた、有利じゃないですか?間違えて三股してた方が出ちゃいました、ごめんなさい。

 

 まあ実際有利なんです。というか、申請時に筆頭著者(論文の著者名の一番目に名前が載ること。大体一番貢献した人の名前になるため実質その人の論文と言える)で論文を一本でも持っていたらほぼ確と言われているくらいには有利なんですね。

 

 まあそういうことです。だから論文を書いていたというわけですね、一番最初に戻るわけですけどここで。

 

 ちなみに僕がこの時点で論文を執筆する段階まで行けていたのは別に僕が特段優秀というわけでも何でもなくて、僕は卒業研究の時点から同じ研究テーマに取り組んでいて、それで他の人より長く研究に携わっているからっていう、ただそれだけの話なんですけど。でもそんなの審査する側はわっかんねーから。審査する側からしたら単に修士2年で論文書いてる優秀な学生ってことになってっから。

 

 まあそういうわけで、論文を書いていたわけです。ガクシンの申請書の〆切は5月いっぱいとかなので、それまでに論文を書き、投稿して、そしてその内容を申請書に盛り込んで提出しなければならないと。それで、まあ4月前半というと、残り2か月弱ですね。まあこれをどう見るかはその人次第だと思いますけど、ガクシンの申請書の執筆は相場として概ね1か月弱くらいは皆執筆に使うと思うので、まあ割ときついですね。割とさっさと論文を仕上げなきゃいけないと。

 

 で、冒頭でも言ったけどこの論文は英語で書かなきゃいけないんですよね。でも僕は別に英語が得意なわけでもなければ論文みたいな文章を書いたこともないので、まあ全然分からないわけなんですね。だから必然的に、この計画、つまりこの2か月弱で論文を仕上げて申請書を書くという目論見は、マブ、マブってのは、つまり僕の指導教官のことですけど、マブの不断のコミットメントありきの、つまりマブの全面的なサポートを前提としているわけですね。

 

 なんですけど、そうはいきませんでした。というのは、この時期マブは自分のなんか研究で結果が出たみたいなのでその論文を書いていて、その作業に追われて3月はほとんど僕の方に構えなくて、それで4月はどうだったかというと、新年度が始まって色々と事務作業が積み重なってしまって、僕の論文どころか研究関連のことはほとんどできないみたいになっちゃったんですね。

 

 それで僕の方はというと、一人で英語の論文を書き続けて、それと同時に、その論文の結果を踏まえてガクシンの申請書も書かなきゃいけないと、まあそういうことになってしまったわけです。

 

 いや、それが、うーん…..まあね?いや、分かりますよ、マブだって忙しいんだってことは。僕だってもう24歳になるわけですから、「自分の研究にかまけて僕のことを手伝わないのはおかしい!」なんてのが単なるワガママ、あまりに子供すぎる発想だなんてことは分かります。

 

 でもさ、約2か月間全く見てくれないってのはおかしくないか?僕は英語の論文の作法なんて右も左も分からないし、ガクシンだって、これの結果いかんで身の振り方が変わるくらいの大金が掛かってるわけですよ?単純計算、月20万の給与と年100万の研究費としたら、3年間貰えるんで1000万ですよ?あんなペラ紙何枚かで1000万もらえるかどうかが決まるんですよ?

 

 まあでもだからと言って、じゃあやりませんとは言えないわけで、一人で頑張って論文と申請書の二足の草鞋を履いて歩き始めたわけですけど、この申請書がね~、またきつかったんですよね。

 

 というのは、ガクシンの申請書って、文章で書くべき部分がざっくり6ページあるんですけど、まず1ページ目が「研究の背景、着想に至った経緯」を書けと言われるんですね。それで2,3ページ目は「研究の内容・計画、その研究の独創的な点など」を書く、まあざっくり3ページであなたの研究について話してくださいってことですね。これは、どっちかと言えば短い、というか足りない方ですね。まあ極論言えば、相場的に卒論の時点で50ページ、修論なら100ページくらいの文章を書くわけですから、まあこれは極論ですけど、まあ何はともあれ、ある程度情報を凝縮して書く必要があるわけですね。

 

 で、これに関して言うと、すいません、余裕っす。余裕というか、僕ってこの通り、長い文章書こうと思えばいくらでも書ける人間なので、都合上文章を増やすことより削ることの方が多いんですね。だからこっちはまあ慣れたもんというか、別に難なく書けたんですけど。

 

 問題は後半3ページなんですよね。僕は前半3ページのことを「申請書パート」って呼んで、対して後半のことを「ポエムパート」と呼んでいたんですけど。

 

 まず4,5ページ目に書く内容は、募集要項の説明をそのまま記載すると、

 

 

“””

本申請書記載の研究計画を含め、当該分野における(1)「研究に関する自身の強み」及び(2)「今後研究者として更なる発展のため必要と考えている要素」のそれぞれについて、これまで携わった研究活動における経験などを踏まえ、具体的に記入してください。

“””

 

 

 そして6ページ目は、

 

 

“””

日本学術振興会特別研究員制度は、我が国の学術研究の将来を担う創造性に富んだ研究者の養成・確保に資することを目的としています。 この目的に鑑み、(1)「目指す研究者像」、(2)「目指す研究者像に向けて特別研究員の採用期間中に行う研究活動の位置づけ」を記入してください。

“””

 

 

 いや、、、その、、、何???就活?いや、ある意味では就活だけどさ。給料もらうわけだし。でもその、、、いや、何なの?

 

 だって論理が成り立ってないじゃん、これ。「創造性に富んだ研究者の確保を目的としてい」るなら、研究の内容を書かせるべきじゃん。「目指す研究者像を記入」させるのはおかしいじゃん。創造性じゃなくて「パッション」じゃん、それは。研究者じゃなくて「ポエマー」を確保しようとしてるじゃん。”””アパッショナータ”””じゃん、それは。

 

 いや~それは困るな~って、なっちゃったんですね、僕は。僕はそういうパッションのこもった文章を書くのが一番苦手なんです。分かります?僕の言ってること?まあ分かるだろ、これは。だったパッションあるように見えます?僕が。ないものは作れないんですよ、どう頑張っても。分かります?僕の言ってること?

 

 それに研究に関する自身の強みみたいなのも意味わからないしね。ここは元々、というかつい数年前までは、自分の実績とか受賞歴(当然ながら多くの学生はここを埋めきれず、大体においてよく分からない研究会とか学会の参加歴を書く場所になっていたようです)みたいなのを書くだけの場所で、淡々と事実だけを列挙していく項目だったらしいんですが、近年の改定で実績も含めて総合的な自分の強みをアピールするようになったようです。

 

 いや~それも困るな~って、なっちゃったんですね、僕は。僕はそういう、自分の強みとか長所みたいなのを書くのが一番苦手なんです。分かります?僕の言ってること?まあ分かるだろ、これは。僕には取り立てて言及するような長所なんてないし、あったとしてもそれを自ら文章にするのは気が引けますね。分かります?僕の言ってること?

 

 だからもうそれで、ホントに困っちゃったんですね、僕は。まさか研究の世界で生きていくのにこういう就活みたいな、悪く言えば欺瞞的な、世俗的な文章を求められるなんて思ってなかったんで。いや~こういう感じか~って、そうなっちゃったんです。

 

 まずもって、僕に長所なんてものはないです。このくらいの能力はある、というくらいの言及だったら言えますけど。なんかもうこの言い方がいかにも書けなさそうな感じしますよねなんか。実際書けないんですけど。

 

 結局なんか、僕って理屈クンなんですよね、結局。自分の理屈の範疇でしか文章を構成できないんです。本や映画の良さを伝える時も、自分が説明できる部分しか手放しに評価できないし、人の気持ちには自分が理解できる範囲でしか寄り添えないし、自分の気持ちを伝える時も、自分で納得できる範疇でしか伝えられないんです。だから自分の長所を言えと言われても、それを象徴するような事実、つまり具体的な実績があって、そこから客観的に、つまり他者からみてもそう推測される程度の長所、つまり能力しか、僕には言えないんです。だから必然的に、「弱い」言い方にならざるを得ないんです、僕の文章は。

 

 一言で言えば、覇気がないんです、僕の文章には。人に何か強い気持ちを起こさせない、人の気持ちを揺り動かすこともない、ただ情報をダラダラと伝達することしかできないんです。そのうちにうまく説明できない部分に入ってきたら、「分かります?僕の言ってること?」とかなんか適当なことを言って、理解の押し付けをしてるだけなんです、僕は。

 

 だからダメだって言ってんですよ、僕は。でもだからといって書かないわけにもいかないし、しかもそれと同時並行で論文も書かなきゃいけないし、よく分からないまま書き進めて、それを添削する人もアドバイスをくれる人もいないし、それでずっと、ずーーーっと独りで戦っていたんです、僕は。そして僕は、

 

 

 

 

 

 

 壊れました。

 

 それでなんか、もういいか、ってなっちゃって、逃げちゃいました。ゼミもミーティングも進捗報告会も全部サボって、それでもう気ままにやればいいかって。

 

 もともと僕が博士に行くってのは金銭的なフォローアップを得られればって条件付きだったわけだから、もう適当にやって落ちたら別に行かなければいいや、みたいな。論文ももう書き上げられないし、としたらガクシンなんてのはもうただの1/6で当たる宝くじにすぎないわけで、そのために必死こいて精神削って申請書書くのもバカらしいなって、まあそんな感じですね。

 

 それでまあもう全てを捨てて逃げ出して、なんかフラフラしてました。まあ研究とか趣味の勉強の方もちょいちょいやってたんですが、申請書の方は一切手を付けずに、なんかまあ全体的にダラーっとしてました。

 

 それで4月の終わりごろに、週1でやってる1時間くらいのミーティングにちょっと顔を出したんですが、それでもあんまり気分が上がらずに、「もう帰るか…」ってなってバッグ持って帰ろうとしたんですが、そこに、マブが現れたんですね。「アルルくん、最近来てないけど大丈夫?」みたいな感じで。

 

 それで、「論文の方は結果とかを見ながら進めたいから、まずは申請書の方を書いてもらって、ある程度書いてくれたら僕が添削するから」みたいなことを言ってきて、それで僕は、いや、そもそも論文の方も完成するかどうか怪しいんだから、そしてその実績如何で申請書の後半部分をどう書くかが決まってくるんだから、どの道書けないでしょと、だから無理ですと、そう言いました。いや、こんな高圧的な口調じゃないけどね実際は、僕はオタクくんなので。実際は、

 

 

「イヤ~マア…書こうとはしてるんですけどね~…ハハハ…デモ…論文の方がどうなるか….こう….分からないもんですから…マア…ダカラ…こう、アノー…..どう書いたもんかと言いますか…..ハハハ…イヤ、マア書こうとはしてるんですけど~…ハハハハ……」

 

 

みたいな感じです。まあでも言うべきことは言ったみたいな、そういう感じですね。そしたらマブの返答は、「いや、論文の方は絶対どうにかする。だから申請書は論文を出したという体で書いてくれ」と、まあそういうことを言ってくれたんですね。それで僕は、「え、絶対ですか?」みたいな、いかにもオタクくんみたいな感じのキョトン顔で聞き返しちゃったんですけど。

 

 それで僕は、まあ絶対と言われたらまあやるか~みたいな、まあそういう感じで、申請書に再び着手し始めました。それがだいたい、GWの直前くらいですね。

 

 で、もうちゃんと着手しようとなったら早いもので、GWが明ける頃には申請書の第一稿が出来上がって、マブに見せました。その時にはマブも割と手が空き始めていたので、それで論文の方もガーーーっと書き進めながら、申請書を添削してもらって、って感じで、ここからは〆切(5月末)までの申請書&論文提出に向けてもう全速力でやってました。

 

 ちなみに第一稿を見せた時のマブの所感は、「具体性に欠ける」でした。「全体的に良さげなことが書かれているけど、今ひとつ具体性に欠けていて、力強さがない」と。僕は自分の文章の本質を見透かされた気がして結構ヘコみました。

 

 だからその後の修正では、いかに僕の「色」を消せるかということにずっと苦心してました。僕が今ある「僕」として文章を書いている限りは、この変な文体も、理屈クン的な、つまり確信的な言い回しを避ける文章構成もなくならないんじゃないかと思って。必死で自分を殺して文章をかいてました。

 

 論文の方は、こっちの方はもうほとんどマブが主導で、僕が結果とざっくりした文章を書いて、あとはマブがそれを論文っぽい感じに仕上げるみたいな感じで。だからもうほとんどマブが執筆したようなもんですね、これは。

 

 ちなみにマブが手を付け始めた時には既に論文の骨子は大体僕が書きあげていたのですが、それを読んだマブの感想は、「書いたことには頑張ったと思うけど、全然ダメ。文法も全然論文らしくないし、構成も全然筋道だってない、読んだ人に伝わらない」でした。僕は普通に泣きそうでした。

 

 まあでも、こうして5月に入ってからは、論文も申請書もほぼフルコミットで見てもらったんで、それはありがたかったですね。だからこれを思えば、4月の下旬ずっと失踪してたのは、僕の早とちりと言うかなんというか、ある種身勝手な、子供じみた行動だったということになるわけですけど。

 

 まあでもオレは間違ったことをしたとは思ってないけどね。事務作業はともかく、自分の論文よりはオレに構うべきだろ、なあ?研究室の一回生で博士課程まで行ってやるんだぞこっちは?しかもその時マブが書いてた論文結局rejectされたっぽいし。何なんだよ。

 

 まあそれはどうでもいいんですけど。

 

 結果的には、〆切までには、無事に論文も完成して、それを踏まえてガクシンの申請書も出せました。いや説明適当すぎだろってなるかもしれませんけど、実際これ以降はただ作業してただけなんでね。あとアカデミアのことを若干知っている人に向けて補足しておくと、論文が完成というのは実際には雑誌への投稿ではなくて、プレプリントの公開ですね。だから実際に論文になったわけではないです、一応ね。あんまよう知らんひとは別に同じだと思ってくれていいんですけど、実際どうでもいいんで。

 

 まあそういう感じです。ちなみに提出は5月の末ですが、結果が分かるのは9月下旬~10月上旬ですね。だからこの間はずっと「待ち」ですね。9月のなかば辺りになると皆ソワソワし出すみたいな、そんな感じです。

 

 え、10月までならもう結果出てるだろって?まあ、はい、そうですね。まあもう結果は既に分かってます。まあでもこれは時系列順に書いていくって話だったんで。だからまあここで結果を先に言っちゃうのは”””違う”””よね。だから言いません。

 

 それで、じゃあ次はこの間、つまり申請書を提出する5月末までの間に起きたことを話していこうかなと思います。

 

 まずは僕の身体に関わる話で、耳が異常を来すようになりました。

 

 異常というとちょっと大げさですけど。まあちょっと聞こえが悪いな~くらいの感じですね。

 

 いや、聞こえが悪いな~ともちょっと違うんですよね。なんか変なのは、特定の音?なんか大きい音とかを聞いたりすると、それをトリガーにして、なんか耳がこもったみたいになって全体的に音が聞こえづらくなる、みたいな?例えば間近で弾いてるピアノの音とか、映画の銃撃シーンの音とか、あとは都会の喧騒とかでもそうなるんですけど。そういうのを聞くと、耳が詰まったみたいになって、なんか変なんですよね。単に耳が聞こえないとかそういうのだったら良かったんですけど、いや、良くはないけど、でもまあ原因は何かしら分かりそうじゃないですか。でもなんか特定の音聞いたら、って、そんなことあるかなぁ?って、なんかよく分からなかったんですよね。

 

 それで、僕は「なんかおかしいと思ったらとりあえず病院行け」を信条にしていて、他人にも言うし自分でも実践してる男なんで、もうすぐに耳鼻科に行きました。みんなもなんか変だと思ったら病院行った方がいいよ。それで何かあったら早期発見につながるかもだし、何もなかったとしても、「健康には問題なかった」っていう安心を買えるわけだから。「もしかしたら何かの病気かも・・・?」って不安を抱えながら過ごす時間が一番もったいないからね。

 

 話逸れたけど、それで僕は耳鼻科に行きました。それで聴力検査とか色々やったんですけど、まあ結果から言うと、よく分からなかったんですよね、原因が。寧ろ聴力なんか、「君この歳でこんな聞こえてるのすごいね~!」って言われるくらいで、僕なんかやっちゃいました?みたいな。そんな感じだったんですよね。

 

 それで結局町医者だとよく分からなくて、招待状書いてもらって基幹病院?っていうんですか?なんか地元の大きい病院にかかって、なんかめっちゃ大掛かりな機械で聴力検査したり、鼻から棒突っ込んで耳まで通して中の状態見たり、棒突っ込んだ状態で色々質問されて涙目になりながら返答したりとか、まあ色々やったんですけど、結局よく分かりませんでした。

 

 その先生はめちゃめちゃ親切で、色々考え得る病名を列挙していって、「でもこの病気の時はこういう症状も出るから違うと思う」みたいな感じで理由も合わせて否定する要因を教えてくれて、その上で「だから現時点では何が原因かは分からないです」って言ってくれたんですね。だからそれで僕も、「まあ何の病気でもないならそれはそれで良かったです」ってなって、それでこの件は終わったわけですけど。

 

 ちなみに言うと、未だに直ってはないですね、今のところ。改善はしてきたような気はしなくもないですけど。未だに、たま~にちょっと耳があれ?ってなっちゃう時がありますね、未だに。この前ノリでちょっとだけピアノ弾いたんですけど、その時やっぱりなんか詰まったような感じになっちゃって、それで萎えてやめました。

 

 なんか~・・・「啓示」なのかもしれないね、これは。もうお前は楽器弾くなっていう。まあ別に言われなくても弾いてませんけど。でももう遊びでも道楽でも楽器に触るんじゃないっていう、そういう思し召しなのかもしれないです、これは。

 

 まあそれならそれでいいけどね、僕は。別にもともと弾いてませんけど。そんなに音楽が大好きだったわけでもないし、才能があるわけでもないし、ただ惰性で10年間くらいやってただけなんで。

 

 まあそういう男ですよ、僕は。何事にも情熱を持てず、何ごとにも執着できず、ただ惰性で24年間生きてきた男です、僕は。

 

 きっと僕は死ぬときにも同じようなことを言うんでしょうね。まあいいやって。どうせ大した人生じゃなかったしって。そうやってなんか適当に理由をつけて、適当に納得して生きてるんですよ、僕は。でもそんな僕でも、申請書のポエムパート3ページをびっしり書き上げられたわけですから、人間捨てたもんじゃないですね、知らんけど。

 

 あんま暗い話だとあれなんで明るい話もしておくと、資格を受けました。前回のブログでも言ったと思うけど、ファイナンシャルプランナーですね。1月に3級を受けて受かったので2級ですね。

 

 まあこれは正直あんま話すことないんですけど。ただ思ってたよりは大変でしたね。2級の合格率が大体50%前後、つまり大体2倍くらいなんですけど、それくらいだったらまあ割と余裕だろうとタカをくくってたんですね。こう言うとなんかゴウマンな感じがしますけど、まあ僕は中学受験で10倍、大学受験でも5倍くらいの倍率のテストに受かってますから、まあ2倍くらいならまあ、って感じですね。

 

 まあそうやって舐めてかかってたら普通に痛い目を見たって話です、これは。午前試験と午後試験があって、午前はマークシートで午後は記述式っていう、まあよくある奴なんですけど、午前の方がかなり大変でした。3級の方は60問中30問が○×問題、残りの30問も単語の3択問題とかいうクソのクソソース和えみたいな難易度だったのに対して、2級は全部4択でしかもそれぞれの選択肢もちゃんと文章になってて、正しい記述をその中から選ぶみたいな、割と高級なタイプの選択肢問題になってました。

 

 しかもこれが結構細かいところまで聞いてくるんですよね。教科書の隅の方に書いてあるようなことに言及してきたり、似たような単語で引っ掛けてきたりとか。直前はずーっと過去問を解きまくってたんですけど、正答率で言うと大体いつも80%前後で、それ以上はあんまり安定しなかったです。合格点は60%だからまあ十分っちゃ十分なんだけどね。でも正直個人的には、練習で80%だとちょっと不安ですね。本番って何があるか分からないんで。

 

 まあでも結果から言うと受かってたので、それは良かったです。午前午後とも60%合格に対して85%くらいで、まあ上振れてくれたみたいな感じです。

 

 まあそういうわけなんで、お金のことならなんでも聞いてください。ちなみにFPの試験範囲は、1. 社会保険、2.生命・損害保険(任意保険)、3. 金融・資産運用、4. 税法、5. 不動産、6. 相続なので、この範疇だったらまあそれなりには分かります。もちろん専門職には到底及びませんけど。

 

 まあひっきょうFPって何なのかというと、アドバイザーなんですね、要は。大体何の分野も知識は持っていて、こういうのもありますよ~とかこうするといいかもね~とか、そういうふわっとしたアドバイスはできるけれども、具体的なことは何もできない。社保の書類を書くのは社労士の仕事だし、生命保険の勧誘とかもできないし、金融商品の取り扱いもできないし、税理士じゃないから税務の具体的なアドバイスはできないし、不動産の売買は宅建士を通さなきゃいけないし、相続とかの仲介は弁護士なしではできません。何でもできるようで何もできないってやつです。まるで僕みたいですね。いや、僕みたいは言い過ぎか。

 

 まあでも、知識程度で良ければそれなりには分かってるつもりなんで、まあなにか気になることがあれば。まあネット上の人間にお金のこと聞く奴なんかいないと思うけど。実際聞かれても逆に困るけどね、実際。僕は責任負えないし。

 

 まあそういう感じです。

 

 あとは、マリちゃんの映画ですね。皆さん観ましたか?僕は2回見ました。

 

 

 

 

 いや~良かったですね。なんか普通に、なんか、普通に良かったですね。いい意味で。

 

 字幕と吹き替え両方見たんですけど、両方良かったです。僕って結構映画の吹き替えってあんま好きじゃないんですけど、というのは、なんか日本語で喋られると、細かい部分が気になっちゃうんですよね。セリフと口の形が合ってなかったり、あとは声と役者のイメージが若干違かったり、だってそれはそうですよね、だってその人の演技に別の人が声を当ててるわけですから。あとはなんか、テンションが違うというか?なんか、分かります?めっちゃ緊迫したシーンなのに、吹き替えはなんか普通にフランクに喋ってたりとか、そういうのあるくない結構?ない?まあ僕が観た映画が悪いって可能性は十二分にあるんですけど。

 

 まあそんなわけで、僕は洋画を見るなら絶対字幕!って決めてるんですけど、マリちゃんは両方見たんですね、好きだから。でもなんか、その、良かったですね、すごく。アニメ映画だからかな?口の形とかもあんま気にならなかったです。あと声優もなんかイメージにカッチリはまってて良かったです。むしろ僕的には英語より日本語の方がイメージに近い気がしたかな?まあこの辺は感性の問題だからアレですけど。

 

 まあ何はともあれ、字幕でも吹替でも結構楽しめたので、なんか、普通にいい映画だったな~って感じです。片方しか観てないって方は、ぜひもう片方も観ることをお勧めします。僕はエンディングの昔のBGMとかがメドレーで流れてくる場所で思わず泣きそうになっちゃいました。

 

 まあそんな感じですね。これで4月と5月の出来事は大体話せたかなと思います。もしかしたら見落としというか忘れてる部分もあるかもだけど、まあいいでしょ。忘れてるってことはどうでもいいってことだと思うんで。どうでもよくなかったらまた別の機会に話せばいいしね。

 

 まあそういう感じです。いや~、正直僕は当初は、この半年間の出来事を一気にギュッと、ギュッと、ガチャガチャキュ~っと1本の記事にまとめてあげる予定だったんですけど、実はもうすでに13000文字くらい行ってるんだよねこれで。まあほとんどはガクシンについての説明だったけど。でもガクシンの説明なしにアレコレ僕の気持ちを述べたところで、「そんなに重要なのこれが?」みたいな感じになっただろうし、まあ必要な犠牲だったのかな~という気もします。

 

 まあ上手いことやればもっと説明削ってもっと端的に要点だけを伝えられたのかもしれないけど、そういうんじゃないから、このブログは。僕が思ったことをただ思った通りに書こうと思っただけなんで。思った通りに書いたらこうなったってだけなんで。なんか文句あるんすか?

 

 まあそういう感じですね。だからまあ今回はこの辺で切って、次回のブログは6月以降の出来事に焦点を当てていくって感じにしようかなと思います。まあ正直な話をすると、今後修論とか色々あるんで、次のブログの投稿がいつになるかは分からないんですけど。

 

 

まあそもそもこのブログも、書き始めてから1か月くらい経ってようやく投稿に至った始末なんですけど。

 

 

 

おわり

 

 

リコハーバーの話

 

 こんにちは、アルルです。

 

 先日、とあるブログを公開、いや、再公開しました。

 

arlenadja810.blog.fc2.com

 

 こちらです。これは何かというと、まあこのブログを読んでいるくらいコアな僕のファンなら知っているとは思いますが、僕が3~4年前に書いていたSMSRTA、特にリコハーバーに関する解説記事たちです。これまでは非公開状態になっていたのですが、先日SMS勢の方々と並走をした際に要望を受け、再び公開する運びとなりました。

 

 3~4年前というと僕が二十歳そこそこの時なので、文章もまだ全然未熟で、1の内容に対して10の言葉で説明してるみたいな感じで、まあそれは今もそうなんですけど、あんまりinformativeとは言えない感じになってます。それと、革新的な変化はないとはいえRTAの技術も日々進化し続けているので、今から見ると古いor間違えたことを言っている部分もあります。

 

 あとはこれも僕の若さゆえなんですが、当時のRTA界隈とか他のSMS勢の活動に関する思想とか愚痴が多分に含まれていて、人によっては不快感を覚えるようなことも書かれていると思います。当時の僕がこうした外部に対する印象に全く無頓着だったわけではないのですが、当時のSMS界隈の賑わいは(今と比べると)下火と言っていいような状態で、界隈の人みんな身内みたいな感じで回っていたので、多少過激なことを言っても許されていた(のか?)風潮があったんですよね。

 

 まあそういうわけで僕は自分のその時思ったことを思った通りに書いていたのですが、当然若さゆえの未熟さや視野狭窄ぶりが随所に現れていて、まあなんか、アレですよねなんか。まあ実際まさにこれがブログを非公開にした理由の一つではあるんですが。

 

 それで前置きが長くなりましたが、このブログの主目的は、当時のブログに書かれていた内容を踏まえ、今の技術水準や知識を元にそれを刷新し、リコハーバーワンステージに関する包括的な解説記事を書くことです。同時に、今僕が持っているリコワンステの記録(7:56.55)の更新余地や更新可能性について話し、最終的にリコハーバーというステージがどこまで詰められるのかとか、僕が今後リコワンステをやる上での目標などについても話します。

 

 というわけで早速行きましょう。ではどうぞ。

 

--------------------------------------------------------------

もくじ:

--------------------------------------------------------------

 

 

はじめに

 解説記事とは言いましたが、ステージ7個分全部を話す関係上、1個1個にそう多くの情報を詰め込むわけにもいかず、また技術的な内容について一々深掘りしていると無駄に文章が長くなってしまいます。というわけで、本ブログでは、対象となる読者の技術水準をある程度絞り、そのレベルに合わせた内容を選んで書いていこうと思います。

 

 それでその技術水準についてですが、まあ考えるの面倒なんでAny%の記録で言いますが、1時間18分切りくらいかな?分かりませんけど。僕が17分台なのであんまエラそうなことは言えませんけど。リコの区間タイムで言うと、まあ9:15前後をそれなりの頻度で出せると言う人向け?まあいずれにせよちょっとハイレベルな内容にしますってことですね。

 

 そういう人向けに話すということなので、もちろんそれ以外の人が読んでも損はしないとは思いますが、用語や動作感が分からなかったり混乱したりしてもこちらでは責任を負いかねます。それに、Any%においてリコハーバーを詰めるのは最後の最後でいいと僕は思っているので、上の水準を満たしていない方は他のステージを練習した方が圧倒的にコスパはいいと思います。このステージカスなんで、普通に。

 

 まあそういう感じで予防線を張り巡らせたところで本題に入りましょう。順番に解説していきます。

 

 

ワンステについて

 なんか最近ワンステちょいちょいやってる人がいるらしい?ので、ざっくりしたことをここに書いておきます。

 

 ワンステ用のセーブデータについてですが、リコハーバーを1枚も取らない(あるいはepisode1だけ取った)、ピンナムービー消化済みの10枚データを使うのが良いと思います。詳細は

 

arlenadja810.blog.fc2.com

 

 ここに書いてあるのでワンステを本気でやりたい方は参考にしてください。

 

 次にワンステ→Any区間のタイムの変換の話ですが、大体において(ワンステの記録)+1分2秒すればほぼ区間タイムになると思います。ピンナ→リコ移動ちゃんと詰めてる人は1:00か1:01かな?まあそんなもんです。内訳は、

 

リコ1:+43~44秒

リコ2~7:各3秒(ムービーの分)

 

 とかですかね、知らんけど。ムービーは厳密に3.0秒(90F)なので比較が楽ちんです。リコ1はちゃんと比較したい人は自分の区間移動のタイムを計るのがいいと思います。

 

 

リコ1

・目標タイム

 めんどくさいんでワンステの区間タイムで書くと、1:03.00を切れば十分早いと思います。慣性二段と箱三段をやるなら1:01台は安定して出したいですね。箱三段だけを取り入れていた時の僕のタイムが1:01.80~1:02.20で落ち着いていたと思うので、どちらもやらない場合は1:02.50~1:03.00を目標にすればいいと思います。

 

・慣性二段

 正直、僕は未だに安定させられないしあんまりオススメできない、このアプローチ。やる場合は、

 

 

 この部分めがけて水滑りするといいと思います。スロープの坂が終わるちょうど境目で踏み外すイメージですね。それで水滑りについてなんですけど、初動のホバスラには大きく2種類あって、

 

1. 着地後すぐにホバスラ(方向を変えられない)

2. 着地後歩けるようになるまで待ってからホバスラ(方向転換できる)

 

があります。恐らく多くの人はほとんどの場面で意識せず1をやっていると思います。実際にはステージによって若干違いはあるんだけど詳しく話し始めると面倒なのでここでは割愛します。

 

 1のメリットはシンプルにホバスラを出すタイミングが早いので時間をロスしない。一方で方向転換はできないので初動で別の方向に向かいたい場合は2の方が早いです。例えばリコ6の初動ホバスラは自明に2じゃないといけないし皆無意識にそうしてると思います。

 

 これはリコ1にも当てはまります。位置的には直進からそんなに角度は変わっていないため、1のやり方でホバスラをしてもその後のスティック入力で調整できるので問題ないように思えますが、実際にタイムを計測すると明らかに2の方に軍配があがります。これは水滑りの加速量がスティックの入力にかなり依存しているためです。1のやり方でホバスラを出した場合、前述のポイントに向かうためにスティックを横に倒し続けている間、マリオは全然加速しないままスロープの減速エリアに突っ込んでいくことになります。

 

 結果として、1のやり方では上手くやったとしても通常のアプローチから0.2~3秒の更新しか見込めません。一方で、最初からポイントの場所に真っ直ぐ向かっていく2のやり方では、最高で0.8秒ほど早くすることができます。

 

 ただし2のやり方にも難点はあって、それは速度が乗りすぎることです。特に二段の時に慣性が一番残る着地の仕方をすると、ジャンプの大きさによっては一気に甲板の上まで到達してしまい、水滑りがうまくいかないパターンがあり得ます。例えば

 

youtu.be

 

これは昔出した僕のワンシャインの記録ですが、速度が乗りすぎて明らかに苦しそうなのが分かると思います。動画のようにホバーを出したりスティックを引いて減速すれば対処できますが、猶予はかなり短いので反射神経と慣れが求められます。もちろん速度が乗っている=早いということでもあるので、この辺はトレードオフが難しいところです。

 

・甲板水滑り

 色々やり方はあるけど、

 

水滑り中R押し込み→落下し始めたらAボタン→X押してホバーに切り替え、同時にR離す→ダイブ

 

みたいな感じでやるのがいいと思うよ。上で貼った僕の動画も参考にしてください。ダイブの直前にショットガンを出すのは動きがガチャついてミスりやすいし、地面がキレイに濡れないパターンも多くて実際安定しない。まあショットガンって基本前に飛ぶので、手前で出した方が当たり前にいいよねという話です。

 

・箱三段

 事実上ワンステアプローチみたいになってるけど、慣れ次第では通しで採用するのも僕はアリだと思いますよ。ていうか僕は採用してました。

 

 体感ですが、成功率は7~8割くらいまでは上げられると思います。慣性の残り方とか侵入する向きによってパターン差があるので100%は厳しいですけど、ミスったとしても精々1秒そこらのロスでリカバリーできて、成功すれば0.8秒程度早くなるのでまあ悪くないアプローチだとは思います。

 

 コツとかは特にないです。三段出すときのAボタンの”””ビート”””を魂に刻んでください。あとはホバーを切るタイミングと長さですね。この辺に関しては僕もほとんど感覚でやってるので正確なことは言えません。ただ、箱に対して真っ直ぐ(つまり箱の辺に対して垂直に)侵入できればほぼ100%成功すると思います。

 

ボスゲッソー

 正直言って、箱三段とか慣性二段とか、どうでもいいっす。そんな攻めよりコイツの方がよっぽど差が出るんで。ちゃんと意識的にやってる人とそうでない人で普通に1~2秒差がつく。リコ5でもう1回あるので実際3~4秒失う可能性のあるクソ害悪ボスです。

 

 掴み方についてですけど、人力で一番いいのは、

 

小ジャンダイブ→ダイブ中ずっとスティックを後ろに倒し続ける

 

 というものです。なぜこれが早いのかというと、マリオがボスゲッソーの口を実際に掴むのが、掴んだ「判定」が出たフレームより約1Fぶん遅れる仕様によって、判定が出た瞬間の速度が口を掴む位置に影響を及ぼすからです。詳しい話は、

 

arlenadja810.blog.fc2.com

 

 この辺りの記事に書いてあります。ボスゲッソーで一番時間がかかるのがこの口を引っぱる時間なので、そこを短縮するために上のようなアプローチを採用するということですね。

 

 一時期海外勢がTASの真似をしてボスゲッソーにダイブで激突し、硬直時間中に口を掴むというアプローチ(下の動画たちを参照)を採用していましたが、TASがやっているのは↑の仕様を高度に利用したものであり、とうてい人力で再現できるものではありません。なのでやめてください。

 

 というわけで、上のアプローチが最速だという前提で以下話を進めます。とはいえ、1回目の掴みは移動しながらジャンプダイブを出すことになるので安定を取って余裕を持たせてジャンプする方が(少なくとも通しでは)いいと思います。変に攻めて掴めなかったら最悪だからね。

 

 一方で、2回目は時間的猶予もあるのでちゃんと目印をつけて位置を合わせた方がいいと思います。なんか、このせっかくの貴重な時間に、周りにショットガン打って泥をキレイにしたりしてる人が多数見受けられるんですけど、あの、やめてくださいホントに。位置も合わせられなくなるし、しかも向きが口に対して真っ直ぐ揃っているのにそれやると全部台無しですからね。ホントにやめてください。別にリコ詰める気ないならいいんですけど。

 

 で、実際どこに位置を合わせるかですけど、

 

 

この辺?????正直分かりません。

 

 いや、は?とか、リコ詰める気あんの?とか言わないでください。ホントにごめんなさい。

 

 まあでも大体この辺に合わせておけばいいと思います。ワンステ記録狙いとかで攻めるんだったら気持ち後ろに立てばいいし、Any通しとかで安定が欲しいんだったらこれより前に立てばいいと思います。そんな感じ。

 

・シャインキャッチ

 AB連打している方が多いと思いますし、まあそれで全然いいんですが、一応tipsとして付け加えておきます。

 

 シャイン出現ムービーについて、シャインが最下点に達した(動きが止まった)後、マリオが動き出せるようになるまでにはちょうど2.0秒(60F)かかります。これは逐一チェックしてませんがどのステージでもそうだと思います。少なくとも、エアポートやリコ1など、シャインがマリオの近くに来るステージでは全てそうでした。

 

 なので、2秒を正確に数えられる方は目押しでもいいということですね。でもいいというか、普通にこっちの方が早いしミスも少ないです。ただこれは飽くまで正確に2秒が分かればという話なので、実際には若干余裕を持たせてABを押すことにはなると思います。

 

 それともう1点言っておくと、動き出せるようになった瞬間にABを押してしまうと、速度が足らずにシャインに触れられません。なので最低でも1Fは遅らせてください。まあ1F遅らせろと言ってそれができたら苦労せんわって話ですけど。

 

 

リコ2

・目標タイム

 ワンステのsplit timeで言うと1:25.00、Anyだったら1:28.00切れれば早いと思います。以下、目標タイムはワンステの記録だけについて言及することにしますが、Anyの区間に置き換えたい方はそこに+3.0秒してください。

 

 僕のワンステの区間ベストが1:24.47で、今のワンステ記録の区間タイムが1:24.70なので、まあそんなもんですかね、実際。とはいえ、僕にとってリコ2はかなり苦手意識のあるステージなので、上手い人はもっといいタイムが出せると思います。

 

・初動

 水滑りしてマンホールの上でダイブ&ヒップドロップするのと、ホバスラ即復帰してジャンプorジャンプダイブ&ヒップ、の2種類ある。

 

 理論値が早いのは後者です。理由は2つあり、1つは移動距離が短いのでホバスラによる加速(初速48+1/Fの加速)よりも復帰の速度(固定55)が勝つからです。もう1つは、ダイブ&ヒップの場合、ダイブを出して最低でも1F以上後にLを押す必要がありますが、ジャンプダイブ&ヒップの場合は、ABと同時にLを押してもヒップドロップが出るからです。これに関してはいつかの大福さんの記事で解説されていた記憶があるのですが、どこか忘れました。覚えている方がいたら教えてください。

 

 一方で、僕は前者のアプローチの方が単純で安定させやすいと考えています。それに、理論値が早いと言っても精々数Fの話なので、内部でつく差の大きさを考えればこれはほとんど誤差といってよいくらいだと思います。よって、僕としては前者のやり方をオススメしています。

 

 まあとはいえこれは飽くまで「できない側」の論理なので、普通に安定して成功させられるならそれに越したことはないです。僕はできないからワンステでも前者のやり方を使うし、恐らく後者を採用することはないと思います。もうホントに際の際までタイムが詰まってフレーム単位の争いになったら考えますが…まあそんなことは未来永劫起こり得ないでしょう。

 

・マンホールから出るところ

 なんか以前、最後の復帰の部分で激突したり壁キック判定出るのどうにかしたいみたいなツイートをどこかで見かけた気がする。これに対する解決策をお教えします。

 

 それは、マンホールの端の部分で復帰を出すことです。

 

 

 これは以前書いたブログ

 

arlenadja810.blog.fc2.com

 

から引用した画像ですが、この赤丸で囲った部分には壁キックの判定がありません。そこに衝突しないくらいの速度(つまりHspdで40)以下でこの部分に侵入すると、壁キックの判定が出ないまま水平速度だけが0になるという現象が起こります。

 

 つまり、水滑りの時点でマリオの位置を通路の端に寄せて置き、そこで復帰を出してちょちょいと減速すれば、復帰の時にもマンホールから出るときにも壁キック判定は出ないということです。皆さんも是非試してみてください。

 

 次にマンホールから出た後のアプローチですが、僕が採用しているのは、

 

マンホールから出た瞬間ダイブ復帰→方向転換してホバスラ

 

というものです。(下の動画参照)

 

youtu.be

 

 これはかなり早いところで安定する非常に優良なアプローチなのですが、理論値からはかなり遅れを取ります。一番早いのは、

 

ジャンプ中から通常放水→地面が濡れたらそこにダイブしてそのまま水滑りでin

 

というものです(以下動画)。

 

youtu.be

 

 こちらの方が最低でも0.2~3秒は早いです。安定させられる方はこっちをやるのがいいと思います。僕も次ワンステで記録狙いをするならこっちをやる予定です。

 

・内部初動

 初動はなんか色んな人が色んなアプローチをやっています。

 

www.youtube.com

 

 これは当時の僕が作ったアプローチ比較です。まあつまり何が言いたいかというと、どのアプローチを採用しても精々0.1~0.2秒とかそこいらしかタイムは変わらないということです。つまり、変に攻めたアプローチを採用してミスの発生確率を上げるよりも、一番慣れたアプローチをしっかり詰めてしっかり安定させられる方がよいということですね。

 

・内部レース部分

 よく分からない。これは適当言ってるわけじゃなくてホントに僕は分からない。雰囲気でやってます。この辺りの話は個別やってたみかんさんか、今も現役でバリバリやってるトーボウさんの方が詳しいと思うので詳細はそちらに聞いてください。

 

 僕から言えることを1つここに書いておくと、1本目の判定踏むところの、みんな慣性二段でやってるところ。ここは水滑りでやると安定しますよということですね。

 

youtu.be

 

 こんな感じです。もちろん理論値は慣性二段に到底及ばないんですが、着地の選別によるパターン差が必然的に生じる二段アプローチに比べてよっぽど安定するし十分早いです。まあ厳しいこと言うようですが、17秒安定させられないような方々はこっちの方がいいと思います、知らんけど。まあ最終的には好みですね。

 

・シャインキャッチ

 まあ取り立てて言うことはないですが、細かいことをいくつか。

 

 1つは、ゴールラインを切るのは(シャインが無理なく取れる範囲で)なるべく早い方がよいということですね。

 

 僕がSMSをやり始めたばかりの、4~5年前くらいの時代には、シャイン出現ムービーの時にヒップドロップでキャッチ位置に待機しておくのが良いとされていて、ゴールを早く切って距離が足りないのは「失敗」だと見なされていました。これが明らかな誤謬であることは現代の走者からすれば言うまでもないことだと思います。

 

 もう1つ、ゴールラインを早く切ろうとする関係上、角度がズレたり、距離が足りなかったりして、シャイン位置に行くまでに速度が死んでしまうパターンがしばしばあると思います。その時に有用になるのが、シャインムービー時の「状態保存&動作キャンセル」という仕様です。

 

 これはどういうことかというと、具体例で言うと、ムービー時にダイブ復帰を出していると、復帰の速度55は保存したまま、復帰の動作がキャンセルされるというものです。まあ動画見てもらうのが早いかな。

 

youtu.be

 

 こういう奴ね。まあつまり、最後のシャインに向かう部分で速度が死んでしまったとしても、ムービーの直前でダイブ復帰を出しておくことで最低でも55の速度は担保できるということです。これは明確に知識で差がつく部分だと思うので知っておくといずれ使える時が来ると思います。

 

 

リコ3

・目標タイム

 よく分からん。まあ45.0切れれば十分じゃない?知らんけど。僕の自己べの区間タイムが44.85で、ベストが44.3。ハイスコアを狙っていくなら44.5くらいは欲しいけど、いかんせん他のステージの要求レベルが上がりすぎてここを厳選するのはちょっと厳しいですね。結局乱数だからねこのステージ。

 

・初動

 着地即ジャンプダイブ→ダイブ復帰、で結論でいいと思います。最初ジャンプダイブじゃなくて小ジャンダイブにするとちょっっっとだけ早いと思うけど、慣性がガチで残らないと距離足りないし足りさせようとすると普通に遅い。通しどころかワンステ単位でもジャンプダイブ一択ですね。

 

 あと、最初ちょっと歩く人がたまに見受けられますが、その分ロスするだけなんでやらない方がいいと思います。そうしないと距離足りないというなら別にいいんですけど、ある程度以上の技術がある方なら寧ろ距離が余ってしまうケースの方が多いと思いますよ。

 

・クレーン移動

 ベイブレードをやらない選択肢はないと思います。出す位置の選択肢が2つあって、

 

 

 図の赤丸で囲った2つです。僕のブログでは、初期位置から見て手前側の坂から出すやり方を手前ベイブレードあるいはFベイブ(Frontの頭文字です)、奥側のを奥ベイブレードあるいはB(back)ベイブと呼んでいます。

 

 手前ベイブレの利点は、周期によるパターン差がかなり少ないことです。ざっくり言って、クレーンが近い場合と遠い場合で対応を変えればそれで十分です。もちろんそれ以外にもバリエーションを増やす余地はありますけど。いずれにせよ、乱数によるブレが少ないという点で、これは通しRTA向きのアプローチだと思います。

 

 一方で、理論値は奥ベイブレの方が圧倒的に早いです。多分大体0.7秒くらいかな?ただこれは本当にいい乱数を引けたときの話で、大抵の乱数では手前とどっこいどっこいで、悪いのを引くと普通に遅いです。なのでギャンブル性が高い。ただ期待値で言ったら多分こっちの方が早いのでワンステをやるなら自明にこっちを採用すべきだし通しでも世界トップ層を目指すならこっちの方がいいですね。

 

・ホバー出すタイミング

 教えてください。

 

・シャインキャッチ

 金網をひっくり返したあと、TASは反転ホバーダイブでシャインを取っていて、僕も一時期これを真似してやっていたんですが、人間がやっても遅いですこれ。なので普通に小ジャンダイブでやりましょう。ただし金網の移動中にシャインに対して背中向きになってしまった場合は、方向転換に時間がかかりすぎるので素直に反転出しちゃったほうがいいかもね。そのくらい。

 

 

リコ4

・目標タイム

 アプローチによるけど、外でベイブレードやるなら1:15.00は切ってほしいな。やらないなら1:16.70切りくらいかなぁ?よく分かりません。ベイブレードが大体1.5秒前後早くなるはずなのでそんなもんだと思います。

 

 僕のワンステ区間タイムは1:15.56で全然15切ってねえじゃねーかって感じなんですけど、動画見てもらえれば分かりますけどアプローチがちょっと古いんですよねこれね。というのは、この記録狙いをしてた時まだベイブレード自体発見されたばかりで、ワンシャインでこそちょいちょい使われるようになってはいたものの、通しでは一部のマッチョ海外勢くらいしか採用してないみたいな感じだったんですね。僕がワンステに取り入れたのもかなり試験的な側面が強くて、とりあえず使ってみたみたいな感じだったという事情があって、こんな感じのアプローチになっています。

 

 まあどう言い訳しても更新余地であることに変わりはないんですけどね、トホホ。明確に1秒くらい更新できる箇所なので誰か更新してください。

 

・初動

 以下めんどくさいんでベイブレードやる前提で話しますね。初動は普通にホバスラすればいいんですが、ベイブレードをやる場合、所定の位置に行くためには金網にスピンダイブで侵入する必要があります。

 

 このために、多くの人は、スロープから踏み外す直前で減速して甲板に着地してスピンダイブを出すというアプローチを採用していると思います。これについて言っておくと、こんな感じのアプローチでもいいと思います。

 

youtu.be

 

 これをやる利点は、ホバーによって減速されるのでスティックの匙加減を気にする必要がなく、安定性が格段に上がることです。一方で理論値は普通に遅くなるので最速を目指すならやらない方がいいですね。

 

 それと、慣性二段を使うのも悪くない選択だと思います。リコ1と比べると、その後水滑りを出さなくていいぶん技術水準はやや下がります。一方で理論値の向上はそこまで望めず(最高で0.4~0.5秒くらい?)、慣性がきちんと残らないと普通に遅いです。まあワンステならやる価値は十分ありますねと言った感じ。通しでは知りません。

 

ベイブレード

 それでベイブレードですが、まあこれはパワーでやってください。あんま細かいことをアレコレ考えるよりも感覚を掴んじゃったほうが良いと思います。

 

 というより、僕自身このベイブレードについてはあんまりよく分かってません。正直元々あんまりやる気はなかったのに皆が普通にやり始めたから仕方なく導入したみたいな感じなんで、理論的にガチガチに詰めてはないです。

 

 一つ理論値向上のためのワンポイントアドバイスをしておくと、ベイブレードを出した後に一瞬ホバーを出すとき、Rチョン押しよりもR→X、つまりノズル切り替えでホバーを切った方が若干早いです。確か0.5F以上は早いはず?大福さんが太古の昔にブログだかtwitterで言ってた気がするけど忘れました。

 

 これをやると通常よりも高い慣性が残り、スピンジャンプの高度も上がります。一方で壁キックはマリオの水平速度が40未満でないと出せないため、速度の残り方によってはうまいことスティックを調整して減速してやる必要があります。

 

 ベイブレードをやる場合、壁キックをスピンジャンプにすればよっぽど速度が死んでない限り最後の壁キックと同時にダイブを出してもヒミツに入場できます。ここで注意しなければならないのは、

 

 

 この辺には入場判定がないことですね。適当にやってるとミスる時があるのでしっかりスティックを手前に倒してあげましょう。

 

 ちなみに、先ほどのR→Xでホバーを切った場合、速度の残り方によっては壁キックスピンを出さなくてもダイブが届きます。もちろん早いには早いんですがちょっとだけだし、ミスったら最悪なので通しなら普通にスピンを出した方がいいと思います。ワンステなら一考の余地はありますが。

 

・内部

 内部はちゃんと語り始めたらそれだけで記事が1本~2本くらい書けるくらいには情報量が多いのでここでは書きません。というか、このステージは座学で知識を詰め込むよりも、誰かの動画を見てその動きを忠実にマネするのが一番の近道だと思います。通しでもできる現実的な範囲で最速の動きを目指すなら、僕の動きを参考にするのが良いと思います。

 

 Secret Onlyの練習をする方もいると思うのでここのタイムについて言及しておくと、基本的には31.00をそれなりの頻度で切れれば十分だと思います。30.50切りができればかなり早いです。30.30を切れたら立派なリコタワーオタクを名乗っていいでしょう。

 

 僕の自己ベストは30.15で、最低でも数千回はやってますがこれ以上のタイムは出せたことがないので、これが僕のアプローチの限界だと勝手に思っています。これは通常アプローチ(坂滑り慣性を使わない)での最高記録( https://youtu.be/HnIvLZM6wX0 )である29.92から0.2秒以上離されていて微妙な感じがしますが、安定性との兼ね合いを考えたら現実的にこれ以上は難しいのかなあという気もします。実際今の走者については分かりませんが、当時(4年前くらい)のトップ走者たちの動きを見ている限りでは、30.0Xの動きは疎かRed  Cycleすら通しで安定させられている人はいなかったと記憶しています。それくらいリコタワーを詰めるのは難しいということです。

 

 さて、内部の動きについて、細かい部分はまるっと割愛しますが、全体的な注意点とか意識すべき点についていくつか触れておきます。

 

 1つは方向転換についてです。このステージの技術はライン取りがその半分以上を占めていると言っても過言ではなく、理想の経路から外れれば外れるほど時間的猶予が失われていきます。一方で、このゲームにおいてスティック操作で細かい向きを調整するのは非常に困難です。というのは、通常のスティック操作においては、真上方向から左右5~6度くらいの範囲は丸め込まれて全て真上と見なされる仕様があるからです。

 

 そこで細かい向きの調整にはCスティックによる視点移動を主に使うことになりますが、これはこれで結構なクセ者で、というのはCスティックによる視点移動の速度はリニアではなく、車のアクセルのような加速度的な変化をします。そのため、所望の角度に一回のC入力で合わせることは非常に困難です。少なくとも、通しで毎回決められるようなものではないでしょう。

 

 そこで現実的には、常にCスティックと通常スティックを動かしながら角度を随時調整していくことになります。これは僕の場合ですが、復帰とジャンプダイブをするたびに毎回Cスティックをちょっと触っています。それでも調整しきれなかった場合は、滞空中に通常スティックを左右に倒すことで位置を調整します。こういった調整を首尾よく行うためには、リコタワーのライン取りを正確に把握しておくことはもちろん、ある程度以上の基礎動作能力が求められます。

 

 もう1点方向転換について述べておくと、ダイブ復帰後の方向転換は、ある程度小さい角度であればフレームが必要でないパターンがあります。これはフレーム間のQFにマリオが着地すると、残りのQFで方向転換を行う余地があるためです。そのため、観測可能な範囲の話では0Fで方向転換を行えることになります。これは着地硬直が必然的に発生する通常のジャンプの着地とは明らかに異なった挙動です。

 

 そのため、僕らは方向転換のフレームを全く気にせずに、直進時と全く同様の感覚でダイブ復帰を行えることになります。ただし注意点として、0F方向転換ができないパターンもあります。上の書き方で気が付いた方もいるかもしれませんが、ちょうどフレームの開始時にマリオが着地した場合です。つまり最速の着地が出るパターンですね。このような場合には、ちゃんと1F以上挟んであげないと方向転換ができません。

 

 とはいえそれはどちらかというと稀なパターンで、それを見分けることももちろん難しいので、現実的には0F方向転換が毎回できるものと思ってダイブ復帰をすることになると思います。毎回1F空けてたら明らかに遅いもんね。そうすると、時々0Fができず変な方向にマリオが飛んでしまうことがあります。まあそれはしょうがない。それをどうにかスティック入力でカバーできるように頑張ろうねって話。

 

 あと一応言っておくと、一定以上の方向転換は0Fでは当然できません。なのでそこは注意しておく必要があります。それと、ミスが許されない場所、例えば最後の太い角材へのスピンダイブなどは、1F以上間隔を空けるのがベターだと思います。

 

 まあこんなもんにしときますかね。ホントはもっと色々語りたかったけど既に文量ヤバいのでやめる。他に細かいこと知りたければ直接聞いてください。

 

 

リコ5

・目標タイム

 分からん。まあ1:25.00は切りたいですよね最低でも。僕のワンステの区間タイムは1:26.08ですけど。ていうか何ならベストタイムも1:25.45ですけど…。望らくは1:24.50くらいを安定させたいところだけど、どうでしょう…。僕の技術では難しそう。正直このステージに関してはトー○ウさんの方が圧倒的に上手いし詳しいと思います。

 

・初動

 ここの慣性二段はリコ1のそれよりも難易度が低いと言われています。というのは、リコ5で慣性二段を出すことになる甲板右側には下に降りるスロープがあり、着地できる範囲が広いからです。しかし結局のところちゃんと慣性を残さないと意味ないのは変わらないので、難易度という点では個人的には大差ない気がします。

 

 ただ明確に違うのは、足場が広いことで踏み外す危険性が少なくなるので、ミスったときのタイムロスがリコ1と比べて少ないことです。このことから、こちらのアプローチは通しでも採用しやすいと思います。とはいえ理論値の向上はリコ1と比べるとそこまで大きくはない(0.5秒くらい?)のは注意すべき点です。

 

 二段後の水滑りについてですが、これは一応ホバーを出さなくてもできて、TASとか冷や奴さんのワンシャインではそれをやっています。ただし言うまでもなく難易度がエグイので普通にホバーを出しましょう。

 

・煙突

わかりません。誰か教えてください

 

・鉄骨

 ゲッソー地帯をどう安定して且つ早く超えるかはこのステージの永遠の課題と言ってよいでしょう。一番早いのはもちろんホバスラで一気に駆け抜けることです。ただしこれはスピンダイブと復帰の位置をちゃんと合わせないと失敗します。この辺の判定について、大福さんが昔twitterで言及していた気がしたのですが忘れました。

 

 次に早いのは、小ジャン後ショットガンを1回だけ出してダイブするというものです。これは見た目以上に結構早いのですが普通にギャンブルです。一度のショットガンでゲッソーに命中させられる保証はどこにもありません。激突すれば記録ともども奈落に落ちるのでワンステくらいでしか採用の余地はないと思います。ちなみに僕はこのショットガンの出し方について自分なりのコツ的なものを持っていますが、オカルトの域を出ないのでここでは話しません。

 

 一番安定なのは、空中でショットガンを2回出してから水滑りするというものです。まあこれが安定でしょう。とはいえ、実際に比べると割とビックリするくらい遅い。でも通しだったらこうせざるを得ないかなと思います。ワンステでやるのはちょっと””甘え””かなと思う。

 

 まあ要するにゲッソーはクソってことです。

 

・クレーン2段

 これについては、僕のブログ( https://arlenadja810.blog.fc2.com/blog-entry-15.html )で細かいパターンに関する解説があるので興味ある方は読んでください。とはいえ、記事で書いているほどに多くのことを把握する必要はありません。

 

 タイムについてですが、基本的にはホバーを出すよりも明らかに早いです。具体的な更新幅は調べてないので分かりませんが、今の走者であればどちらが早いのかは見ればすぐに分かることだと思います。このアプローチは早くも約7年前にはNindiddehが取り入れていましたが、その後4年以上に渡って通しは疎かワンシャインでもホバーを出す奴しかいない惨憺たる状態が続いていました。

 

 アプローチについてですが、まあ普通に2段を出すだけですが、ツンパターンが2つあることは知っておかなければなりません。1つはクレーンが水平になっている場合。

 

 

 こういうのね。二段の瞬間にクレーンがこの向きになっていると、乗り上げ判定に触れてジャンプが吸われます。知らずに突っ込むと痛い目見るので注意が必要です。もう1つは、クレーンが最下点にある場合、

 

 

 これです。この時、着地する場所がそもそもないので二段が出せず崖掴まりが発生します。

 

 これらの場合では二段ジャンプが原理上出せないので、通常通りホバーで対応することになります。ただ見ればわかるようにこれらのパターンは結構限定的です。逆に言えば、これ以外の全てのパターンでは二段ジャンプを出すことができます。ただ話をややこしくしているのは、これらのツンパは飽くまで「ジャンプを出すときに」そうであるかが問題になっている点です。

 

 我々は鉄骨から水滑りで下りてきて、そこからクレーンに辿り着くまでの短い時間でその角度を確認し、アプローチの選択を行う必要があります。しかもさらにややこしいことに、クレーンは上下する速度も乱数で決まるため、アプローチ判断時のクレーン位置と着地時の位置がかなり乖離している可能性もあります。位置はまだしも、速度はあの短い時間の目視では確認のしようがありません。

 

 なので実際に通しで安定的に二段を出そうと思うと、それなりにリスクヘッジを行う必要があります。つまり、上の2つのツンパに対して、その前後にある程度幅を持たせてホバーを選択することになります。この幅は走者の技術やどれくらいリスクを許容できるかによります。ただ、最大限リスクを回避するつもりでも、確実に出せるという時には二段を出す余地は持っておいた方が良いと思います。別の言い方をすれば、そういう選択肢を持っておくのが重要になると思います。もちろんこれはちゃんとリコを詰めようとしていることを前提とした話です。

 

ボスゲッソー

 例によって1回目は操作が忙しいので普通に掴みに行けばいいでしょう。トランポリンに乗った後の水のかかり方とかタイミングにもよりますが、掴みは通常ダイブがいいと思います。リコ1と比べて彼我の距離が結構あるので小ジャンダイブは塩梅が難しいと思います。

 

 2回目ですが、一応僕なりの目印を見せておきます。

 

 

 この、ヘリポートの太い外枠みたいなところ?この中にマリオが立っていれば大体大丈夫です。リコ1でも言ったように、ワンシャインやワンステで早いタイムを求めるのならば思ったより後ろに立てばいいし、安定が欲しいならこれより手前に立てばいいです。ただし、手前すぎると掴むのが早すぎて泥で滑ってしまいマスねになる可能性があるので注意しましょう。

 

・シャインキャッチ

 ホバスラ復帰が早いけど、普通にジャンプダイブでもいいと思う。ジャンプダイブの場合は若干歩かないとシャインに届きません。

 

 ホバスラ復帰の場合は、視点が変な回り方をするためスティック入力に注意する必要があります。少なくとも、真上倒しっぱだとダメな場合があります。めんどくさい方はどこかでL視点を噛ませてあげるのがいいでしょう。

 

 

リコ6

・目標タイム

 まあ1:18.00を切れれば文句は言われないと思う。これは水上赤単体のタイムで言うと1:33.10くらいのボーダーです。反時計回り(攻め)のアプローチをやるならこれくらいは残すべきだと思います。まあ別に通しならいくらでも安定を取ってもいいとは思いますが、同じアプローチで理論値34秒残せるステージであることは認識すべきです。

 

 僕のワンステでの区間タイムは1:17.33でこれがベストです。正直水上赤まで来るとそもそも辿り着く回数が少ないのでどこまで更新余地があるのかは分かりません。実際このタイムはレース部分こそ1:33.75残せていますが、丸太部分の動きは若干ガバいです。みかんさんがAny%の区間で1:20.05(ワンステ換算で1:17.05)を出していてこれが1:33.78残しなので、こちらの方が理論値に近いと思います。僕の認識では通しアプローチでも1:33.90は残せると考えているので、キワキワまで行けば1:17切りも十分可能だと思います。

 

・初動

 ホバスラをする場合は、係柱と足場の壁の間を通り抜けていくことになりますが、角度的には猶予は少なく、スティック入力だけで調整するのは難しいと思います。開始時にCスティックを若干左に倒せば、真右入力で入れます。知っておくと便利です。

 

・丸太移動

 僕は今まで一番奥の丸太に向かってホバーを出して、そこからダイブ復帰で赤スイッチに向かっていたのですが、ホバーで減速することを考えたら2番目(真ん中)の丸太に着地した方がいいかもしれません。少なくともみかんさんの区間ベストではそうしています。これはいずれなんか比較とかしておきます。ていうか誰かしてください。

 

・水上赤

 例によって、この部分を詳しく語り始めると長いので要点だけいくつか話します。

 

 1つは最初の加速です。イカに乗った時の動きについて、その挙動は大きく分けて3つあります。1つは最も早い加速パターン。もう1つは遅い減速?パターン、そしてもう1つは一瞬浮き上がってスタートするパターンです。画像はめんどくさいからつけないけど、まあ皆さん聞けば大体わかるでしょ。

 

 で、タイムで言うと体感的には加速>>>>浮き>減速、みたいな感じ。加速パターンを引けた場合は大して攻めた動きはしなくても1:33.8~9は狙えます。一方他のパターンを引くと結構悲惨で、頑張って1:33.65~70くらい。このパターン選別の仕組みはよく分かっておらず、狙って何かのパターンを出すことは不可能だと思います。実際ワンシャイン練習で赤スイッチのところまで位置保存していても普通にパターン差が生じるのでムリ。

 

 2つ目は1枚目の強制視点変更を使ったアプローチについてです。これは壁の近くを歩くと視点が回り込むというこのゲームの仕様を使ったもので、2隻の船と平行の向きで柱の真横を通り過ぎると、何もしてなくても視点が1枚目の赤コインの方向を向くようになります。位置や角度が悪いと普通に失敗しますが、1枚目のアプローチの中では最も簡単かつ早いと思います。少し練習すればコツ掴めると思うのでやってみてください。

 

 最後に7枚目後の船のジャンプについて。これはまあもう皆知ってるかもしれないけど、小ジャンで船の上に乗るよりも飛び越した方が早いです。これは多少ジャンプが大きくなったとしてもそうなので、思ったよりAボタンは長めに押して大丈夫です。ちなみに最小で11Fかな?押せば飛び越えられたと思います、多分。違ったらごめんなさい。

 

 まあこんな感じです。ちなみにここの個別シャインは3年前から僕の1:34.18が世界記録で、当時は2位が1:33台だったのでダントツだったわけですが、近年レベルが上がってきて普通に皆1:34台を出すようになっているので時間の問題だと思います。実際TASが1:34.25で、大福さんがあと1Fだか2Fだかは更新できると言っていたはずなので、あと最低でも3Fは更新の余地があります。イカ操作は特にRTAとTASの差がつきづらい箇所なのでいずれはTASと同タイムも出るんじゃないかと勝手に期待してます。僕はやらないけど。誰か頑張って出してください。

 

 

リコ7

・目標タイム

 別にない。何しても大体45.7~8前後だと思う。これが瞬殺をやると44.3くらいになるので1.5秒くらいマージンがある。でも最後の最後でギャンブルするのぉ!?って思うからよっぽどタイムが煮詰まるか自己べギリギリの時以外はやらないと思う。

 

・瞬殺

 なんかいいやり方あったら教えてください。

 

 

おわりに

 というわけで、ダラダラ語りました。基本的には今までブログで書いてきた内容から大事な部分だけをギュッ~とふぃぎゅ@凝縮して書いた感じですけど、まあ概ね必要な部分は全部カバーしきれたんじゃないかと思います。

 

 ただやっぱり文字だけだと伝わりづらい部分もありますね。補足的に画像とか動画置いてますけど、やっぱり静的な媒体で動的な内容を伝えるのは難しいと感じます。特にリコタワー内部とか水上赤は文字じゃ絶対伝わらないと思ったので思い切って省きました。

 

 ではその辺の話を知りたければ僕みたいないかにもヤバそうなオタクに直接話しかけるしかないのかというと、それもちょっとあんまりだなと思ったので、今回新たな試みとして、動画形式の解説も作りました。こちらです。

 

youtu.be

 

 まあ基本的にはワンステの記録動画を見ながら僕が思ったことをダラダラ話していくと言った感じですけど。タワー内部と水上赤に関してはちょっと深掘りして解説しています。クッソ早口だし活舌悪すぎて何言ってるか分からない場所も多々あると思うけど、それでもリコを詰めたくてたまらないという方は是非一度ご覧になってはいかがでしょうか。

 

 まあこんな感じですね。とりあえず今回はこんな感じで終わろうと思います。最近結構リアルの方が忙しくて結構アレなんですけど、今のワンステの記録は願わくば誰かに抜かされる前に自分の手で更新したいという欲があるので暇を見つけてちょいちょいやると思います。

 

 それと、ツイートでも書きましたが、直接聞いてくれれば文字でも通話でも基本何でも教えます。これはホントにね。別に聞いてほしいというわけではないけど、躊躇は一切しなくていいということです。一応それだけ言っておきます。

 

 それでは皆さんまたどこかでお会いしましょう、さようなら。

 

 

おわり

 

 

アルルと振り返るアルルの2022年

 

 こんにちは~アルルです。

 

 皆さん、お元気ですか?僕はまあ、どうでしょうね・・・まあそれなりかな。

 

 今回は、2022年の総まとめというか、まあ今年書いたブログを振り返りつつこの年を振り返りつつという感じにしようかなと思います。なんかありがちなテーマではありますけど、でも実は僕ってこういう、その年のイベントごとに合わせた記事って、今まで一度も書いたことないんですよね実は。

 

 なんでかというと、まあシンプルに逆張りオタクだからですね、正直な話をすると。もっと正直なことを言うと、例えば僕は、年越しの0時0分ちょうどにTLが一斉に「あけおめ!」で埋まる、あの瞬間も実はあんまり好きじゃないんですよね、実は。いや、別にそれをやってる人を批判するつもりは一切ないんですけど、これはホントにね、そういうわけではないんだけど、まあ少なくとも僕はやらないっていう、まあそういう感じですね。

 

 でもなんか、なんか、何だろうな~、疲れてきちゃった、最近。逆張りするのに。突っ張って生きるのに疲れちゃった。川の流れに棹を差して逆らって進むよりも、ただ身体を浮かべて流されていく方がよっぽど楽だし心身健康でいられるって気づいちゃった、この23年の人生で。

 

 まあそういう感じですね。あとまあ理由としてはシンプルにめんどくさい、特に書きたいネタがあるわけでもないのに文章書くのが。

 

 まあでも最近は結構文章書くモチベは結構あるし、皆結構僕のブログ読んでくれてるし、それに今年はまあ僕の中では色々あった方なのかなと思うので、まあ今回はそういう感じでやっていこうかなって思ってます。今のところはね。まだ書き始めた段階だから。普通に1項目3行くらいしか書くことないパターンもあり得るからね、現時点では。

 

 まあウダウダ言ってないで行きましょうか。区切り方はあんま分からないんで月ごとにします。それとまとめ記事ということで、各月にはそのあたりにアップした記事のリンクも記載しておきますので、暇な人は是非読み返して当時を懐かしんでください。ではどうぞ。

----------------------------------------------------------------------------

もくじ

----------------------------------------------------------------------------

 

1月

 1月はずっと卒業研究をやってたと思います。なんだかんだ言って1日5,6時間は計算コードいじってたし、後半の方は卒論の方も並行して少しずつ書いていて、まあショーミな話研究のことを考えてない日はなかったと思います。

 

 正直今思うとマジでキツかったと思うし、この生活を12月あたりから2月半にわたって継続できたのが異常なくらいに思うんですけど、でも当時は全然それを苦とも思ってなかったし、寧ろ当たり前のことだと思ってました。まあ正直に言って、大分精神的に参ってたんだと思います、実際のところ。

 

 なんか、ブラック企業とかで身をやつしていながら、それでもその企業にヘーキな顔して勤め続ける人たちの心理って、あるいはこういうものなのかなとか、思ったり、思わなかったり・・・

 

2月

arlenadja.hatenadiary.com

 

 卒研終了!これで晴れて自由の身!ハッピー!・・・かと思いきや、この頃に仲の良かった友達と大ゲンカをしてしまい、気分は一気に人生最大級の鬱へ・・・。

 

 ちなみにこのケンカしちゃった人ですが、これから10か月くらい経って、最近になって、ようやくたま~にチャットでお話をするくらいにはなりましたけど・・・うーん、まあ、どうでしょうね。まあ恐らく二度と正常な関係に回復することはないと思います。実際分からんけどね、まあ何となく。

 

 まあでもどうだろうな。正直言って、僕みたいな人間に、「友達」なんていう存在は、そもそも似合わなかったのかな~なんて、そんなことも、思ったり、思わなかったり・・・

 

 

3月

arlenadja.hatenadiary.com

arlenadja.hatenadiary.com

arlenadja.hatenadiary.com

arlenadja.hatenadiary.com

 

鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱。

 

 この時期ホントにきつかった。気分が沈んで沈んでしょうがなかった。時間だけはやたらと有り余ってたから、逃げるように友達を誘って一緒にゲームしたり遊んだりした。その人たちからしたら、「なんかコイツ急にバイタリティやばくね?」とか思われたかもしれないし、あるいはそこから何か僕の変調みたいなものを読み取られたかもしれない。でも少なくとも遊んだ時間は楽しかった。それは間違いない。

 

 研究も卒研の続きみたいなことをやることになっていたけど、モチベが全然湧き上がってこないし、たまに触れてみても全然うまくいかない、何が悪いのかも分からないみたいなかんじで、やればやるほど気持ちは沈んでいくばかりでした。

 

 分からないな、まあ正直あまりこういうパフォーマンスじみたことは言いたくないんですけど、正直な話、もうこの辺りで死んでもいいかとか考えてた。死ぬならどの死に方がいいかとかを延々考えて、でも結局その行動のめんどくささと、それによって及ぶ周囲への被害とか迷惑とかを考えて、結局何もかも諦めて漫然と卑小な生に甘んじていた。

 

 まあでも結局、今こうしてそれなりに元気にやっていけてるってことは、まあそういうことなんですよね。つまり”””勝利”””したってこと、自分との”””生存競争”””に。分かります?僕の言ってること?

 

4月

 

 鬱は治らないまま学校が再開。週1のゼミ、週1の進捗報告、週4の授業、週1の同期との勉強会、前回のブログでも話した月1の英語での発表もこの時点から始まっていました。

 

 僕の気分の浮き沈みとはカンケーなく続く単調な日常・・・でもそれにチューニングされるようにして、この時期から心の状態は安定してきたような気がします、もちろんとても低いレベルで。まあでも沈まないだけマシか、なんて、思ったり、思わなかったり・・・

 

 

5月

arlenadja.hatenadiary.com

 

 GWはずっとガラパゴスとマイクラしてた。マジでずっとやってた。やりすぎて疲れるくらいゲームをしたのはすごい久しぶりだったし、少なくともこれ以降は一度もない。またこういうバカみたいな遊び方をしたいな。次はいつになるんだろうか。もしかしたら二度とそんな機会はないかもしれないけれど・・・。

 

 それと、この辺りの時期からNariさんと関わり始めたと記憶しています。正直何がきっかけだったか全く思い出せないんですけど、でもそれが続いて最近では家に泊まりに行ったりするようになったりするんだから、人間関係ってのは不思議なもんですね。

 

 リアルの方では、この頃、マブの知り合いの研究者の方たちからのアドバイスもあって、研究が少しずつ歩を進め始めていました。卒研の時はただ先行研究の結果をなぞるだけだったけど、修士になって全く新しいことに取り組むようになって、出てきた結果の1つ1つについてマブと議論して・・・そういう中で、研究の楽しさというか、ワクワク感みたいなものを、少しずつ僕の中で認識してきたような気がします、分かりませんけど。

 

 後半の方は課題レポートとか、コロキウムや研究会での発表とか、学会の書類申請とか色々なタスクに追われて忙しくしてました。これが結構キツかったんですが、レポートの方は、同期たちと一緒に考えることができたので、一人でやるよりずっと生産的に進めることができました。

 

 新しくできた同期とも良好な関係を築けて、ネットでも新しく関係性ができ始めて、ようやくある種の人間性みたいなものを取り戻し始めた時期だと思います。まあそういう、周囲と良好な関係を築くみたいなことができるんなら、それをもっと早くから実践していれば、この半生もっとマシに生きれたんじゃないかという気がしなくもないですけど、でもここまでの失敗体験があったからこういうことができるようになった側面もあるんじゃないないのかなとか、思ったり、思わなかったり・・・?

 

 

6月

arlenadja.hatenadiary.com

 

 インターネットの方では、確かこの時期はエロゲ配信をやってたと思います。ガラパゴスは乳頭を映してもBANされないどころか収益化まで通ってるのに、僕は一瞬映しただけで何者かに通報されてBANされて、なんかそれにひたすらキレてました。いや乳頭映すほうが悪いだろーっ!

 

 あとあんまり記憶ないけど、多分このあたりからてめるんと関わり始めた?てめるんブログによればきっかけはステラらしいけど、正直分からん。まあでもそれ以外に接点思いつかないしそうかも。

 

 課題が終わって第2Qが開始、でもそんなに忙しいものではなくて、寧ろ自由な時間は増えたくらいでした。

 

 じゃあそのおかげで少しは心の平穏を取り戻せたのかというとそうではなくて、この辺りからインターンとか就活とか、そういう人生の話をたくさん聞くようになって、メンタルは落ち着くどころかざわざわと将来の漠然とした不安に駆られて怯えるようになりました。

 

 僕も色々考えては思い悩んだし、親とかからも色々言われたりして、でも正直自分でもどうしたらいいのか分からないし、なんかその中で、今研究を進めることに対するモチベとかも少しずつ失われていって、なんだかすごく・・・無気力って感じでした。

 

 もう何も生産的なことはしたくないし、何も現実のことは考えたくないってなっちゃって。それで僕はtwitterを消して、耳を閉じて口を塞ぎ、ひたすら自分の世界に閉じこもってゲームをしてました。ゲームも対戦ゲームとかじゃなくて、AimLabとかosuとか、そういう一人だけで完結するゲームをやってました。

 

 まあ正直に言って異常だったとは思うけど、でもそれはそれで楽しい日々ではあったなとか、思ったり、思わなかったり・・・。

 

 

7月

 

 虚無。

 

 ホントに何もやってない。昼頃起きて、1日中ゲームしたりyoutube見たりして、寝る。そんな日々でした。

 

 あ、でも、てめるんとガラパゴスがこの時東京来て会ったかも。あと応用情報の勉強とかもこの辺りから少しずつやり始めた。だからまあ全く何もしてなかったというわけでもないですね。

 

 二人に会って早々「なんでtwitter消したん?」って言われたときにはちょっとウグってなりましたけど。でもなんか、正直、今からクソめんどくさい女みたいなこと言うんですけど、消したことを認識されていたことに対して、存在承認の欲求が少しだけ満たされて、なんか少し嬉しいような錯覚を覚えました。まあこれはどうでもいいんですけど。

 

 応用情報の方は、まあこの時期はひたすら教本を読んでましたけど、僕は情報系の知識は皆無と言っていいほどの門外漢なので、どう体系立てて学べばいいのかが分からなくて結構苦労してました。

 

 まあそんな感じですね。まあでも色々言ったけど、本質的には何もしてないも同然ですよ。彼らと会ったのを除けば外に出たのは週1回のゼミで大学に行くだけだし、研究も一切というほど進んでないし、ゲームも別に一人で遊んでいただけで何も達成してないし何か上達とか学びを得たわけでもない。ホントにこの時期は虚無だったと思います。

 

 でもこの虚無の時期があったおかげで、今の僕があるのかな〜なんてことも、思ったり、思わなかったり・・・?

 

 

 

8月

 

arlenadja.hatenadiary.com

 

 夏休みに入ってますます虚無が加速するかと思いきや、研究会とか学会発表の準備とかに追われて、色々大変な1ヶ月になりました。

 

 お盆には古い友人とか、例のサークルの女の子にも会ったりして、なんか少しずつ活力が戻ってきたというか、色々な人とか方面に作った負債を少しずつ返していこうという前向きな気分が湧き出てきたりしてたんですが、まあ以前のブログで言ったように、8月後半の研究会は僕の中でかなりハードな経験になってしまって、そのせいでまた鬱屈とした気分に飲まれてしまいました。

 

 まあでも鬱という表現はあまり正しくないかもしれないな。この時期からまた少しずつ研究も動かし始めたし、応用情報の勉強もコツコツやってたし、同期との勉強会とかもなんだかんだやってた。だから鬱という言い方は当を得てはいないんですよね。

 

 強いて1単語で表すとするなら、混迷って感じです。迷走でもいいのかな?

 

 研究を進めるモチベーションは未だに取り戻せなかったし、人生のことも未だ不透明、資格も本当に必要かどうかもわからない、でも申し込んじゃったからには勉強するしかないし、当座のタスクは研究しかなかったから、とにかく研究を進めていた、そんな感じです。

 

 でもこの8月後半から9月にかけて、僕の研究は目覚ましいと自讃していいほど進んだし、正直勉強不足は否めなかった応用情報もちゃんと合格できたし、なんか、なんだかんだ実りのある1が月だったんじゃないかと思います。

 

 研究が進み始めて色々なデータを集めていくときに、卒論のために作っておいたグラフとかデータが役に立つといった場面も多くあって、なんかこういうことになるなら、あの底なし沼のような卒研期間も、まあまるで無意味なものではなかったなとか、思ったり、思わなかったり・・・

 

 

9月

 

arlenadja.hatenadiary.com

 

 学会発表で岡山まで出張に行きました。岡山で何をしたか、何を考えたかについては、当該のブログでウザイほど書いたと思うのでここでは繰り返しません。

 

 学会が終わった後は、自分の進路について一生考えてました。家族とか知り合いとかに色々聞いて回って意見を聞きました。

 

 結論から言うと、僕を止めてくれる人はいませんでした。寧ろ姉弟は全然D行きなよ見たいな感じだったし、親も「お前の人生なんだからお前が行きたい道を選べばいい」みたいな感じで、え、急にそんな”””パッション”””求めてくる?みたいな。そんな教育方針だったウチ?みたいな。

 

 研の同期にも話したりしました。同期からは「え、いいじゃん!いいと思うよ、お前向いてそう。社会に出るの向いてなさそうだしw」というありがたいお言葉を頂きました。

 

 あとはこれは全くの別件なんですが、学会の後に、マブの共同研究者の方たちに自分の研究の進捗について報告する機会があったのですが、その時に、その進捗具合に関して物凄い勢いで褒められるということがあって。えーもうこんなに進んでるの!すごいなぁ〜みたいな。えそんな褒める?ってくらい褒められて。

 

 僕は自分の研究の進捗なんてまだ全然カスみたいなもんだとホントに思ってたので、正直嬉しいより困惑の方が勝つくらいだったんですけど、でもやっぱり嬉しいものは嬉しいし、自分の研究、というかその計算が実現することを待ち望んでいる人がいるということが、研究のモチベーションの向上に大きく寄与したというのは言うまでもないですね。

 

 まあ何だろうな〜、僕が思ったのは、これはある意味、すごい恵まれたことなんじゃないかって、そう思ったんですよね。分かります?僕の言ってること?

 

 つまり、僕がやってて楽しいと思えることがあって、それを続けたいと思ったときに、そしてそれが往々にして周囲に負担をもたらすものだった時に、にも関わらずそれを阻もうとする人は誰もいなくて、寧ろ背中を押してくれているってこと。僕の能力とか、僕がやっていることとかを評価してくれる人がいて、マブを初め、正しく助言を与えてくれたりサポートしてくれる人がいること。

 

 自分はなんだかすごい恵まれた状況にいるんじゃないかと思ったんですよね。もちろん人生は試行回数N=1なんで普通と比べてどうかなんてことは分かりませんけど、でも例えば人生を何度かやり直したとして、そうそう何度も手に入るようなものでもないとは思いました。

 

 逆にこんなに周りの人間が勧めてくれてるのに、当の本人がアレコレ理由をつけて悩んでるの・・・何?みたいな。お前一体何者?みたいな。そんなことさえ思っちゃって。

 

 まあでも分かりませんけどね。皆が勧める選択をして、その先に果たして幸福な人生が待ち受けているのかなんてことは分からないし。寧ろ僕の場合不幸な未来が訪れる公算の方が高そうですが・・・。

 

 まあ正直不幸なのは今に始まったことではないのでね。どうにか歯を食いしばって生きていきますよ。

 

 

10月

 

 応用情報の試験を受けました。ホントはもっとガチガチに対策をして、もう満点近い成績で余裕の合格みたいな感じにしたかったんですが、9月は研究の方がもうこなした側から次々にタスクが生えてくるみたいな感じで、まあもちろんこれは嬉しい悲鳴ではあるんですけども、でもそれはともかく、9月の特に中旬以降はほとんど試験勉強に時間を割けませんでした。試験前の1ヶ月間全部合わせても数時間しかできなかったんじゃないかなぁ・・・分かりませんけど。

 

 だから試験対策、特に午後の対策は思った半分も進められなくて。しかも本番でマジで下らないミス2、3個しちゃうし、もう終わりだ〜;;って感じでした。

 

 でもなんか、

 

 

 普通に受かってました。しかも60点合格の中どちらも75点ちょいで、別にギリギリでもなんでもないっていうね。まあ配点に恵まれたんだと思いますが・・・。

 

 まあどうだろな〜、大学入試とか大学院入試もこんな感じだったし、僕はなんか筆記試験の出来に関しては多少過大評価するくらいの方が実態に沿うのかもしれないです。

 

 資格試験のほかは、まあずっと研究してましたね。これは説明が面倒だからテキトーに言ってるわけではなくホントに研究しかしてないです。なので特に言うことはないですね。

 

 インターネッツの方では、この頃にdiscordで身内サーバーとして「ぬるっとゲーミング」(メンバー:僕、ガラパゴス、nari、てめるん、アイス、atmpas)が発足して、randomチャットでどうでもいい話をしたり、時々みんなで通話したりとかしてました。

 

 まあメンバーは見ればわかるようにガラパゴスの身内で固めてるみたいな感じで、僕の方ではあまり絡みがない人たち、ていうかatmpasなんかはこのサーバーできるまで全く話したこともないくらいだったんですけど、でもこのサーバーができてから通話で割と頻繁に話すようになって、リアルで会って遊んだりもして、関係値としてはめちゃめちゃ爆上がりしましたね。

 

 僕自身も、twitterにも書けないようなどうでもいいことをrandomで話したりできるし、ネットの人間と通話する頻度もサーバー発足以降100倍くらいに増えて、まあ実際かなり気は良いですね。

 

 まあそんな感じですね。メンタルの話をすると、リアルの方では、この辺りでようやく、自分の進路について確信を持って決めることができて、ネットの方では、ぬるゲサーバーのお陰で定期的に人と関わる機会ができて、なんか、まあ僕には珍しくメンタル値がプラスに転じた時期だったと思います。

 

 

11月

arlenadja.hatenadiary.com

 

arlenadja.hatenadiary.com

 

 11月もまあずっと研究してましたね。なんかちょいちょいどっか行ったような気がしなくもないけど忘れた。

 

 19日にてめるんとガラパゴスがライブで東京に来るってんで、会って一緒に遊びました。一緒にラーメン食べて、ゆずソフトショップ行って、あとなんかintelのイベントみたいなやつ行った?まあそんな感じですね。Riddle Jokerのグッズをガラパゴスに買ってもらった。ありがとうございます。

 

 25〜27日には、同じくぬるゲのnariさんを頼って大阪に旅行に行きました。詳細は当該の記事を読んでもらうことにして全体的な感想を言うと、まあ楽しかったですね。旅行から帰る次の日とその3日後に2つ研究発表が控えていて、帰ってから地獄を見ることになったんですけど、それを差し引いても全然楽しい寄りでした。

 

 また行きたいね〜大阪。行こうとして行けなかったところもあるし他にも行きたいところはあるし、そういうところを回りたいね今度は。

 

 1月〜2月にサイコロきっぷがやるらしいからそれにかこつけて行こうかな~ということも妄想してはいるんですが、まあ分かりません。モチベと持ち金次第。って、「もち」で韻踏むなーっ!

 

 

12月

arlenadja.hatenadiary.com

 

 前半は京都出張とその準備で人生のほとんどを費やしてしまったため、特に活動的なことは何もしていません。京都での出来事については当該のブログでつまびらかに書いているのでそちらを読んでください。

 

 後半は、まあずっと研究してましたね。特にこれといって何をやったということはないと思います。

 

 ああ、でもアレですね、例の水族館の女の子と会いましたよ、この前。水族館の女の子ってなんだよって感じですけど。まあ会いました。久しぶり~みたいな感じですね。で、会ってどこに行ったのかというと、

 

 

 

 って、やっぱり水族館やないかーーーーーーい!!!

 

 いや、まあいいんですけどね、僕は。まあそういう感じで、まあ会いました。ていうか会って一緒にご飯食べて水族館行っただけですね、実際。正直わざわざ書くまでもないくらい何もしてないんですけど、でもなんか定期的に「例の子とは最近どうなの?」みたいなことを聞かれるんで、まあ一応書いておきます。

 

 ちなむと、来月ももう既に会う約束をしています。どういうこと?

 

 いや、まあいいんですけどね、僕は。会っても一緒にご飯食べてダラダラ話しながらその辺を歩くだけですけど、でもそれでもなんか彼女は楽しんでくれてるっぽいし、毎度向こうの方から会いませんか?って言ってきてくれるんで。まあなんだろ、こんなよく分からん逆張りガイジクソ陰キャでも、その場にいて会話の相手になることで誰かの日常生活に興を添えることができるってんなら、それはある意味とても幸福なことというか、陰キャ冥利に尽きるってもんじゃないか?いや、分かりませんけど。テキトー言ってます今。

 

 まあそんな感じですね。ていうかこれわざわざ話す必要あった?いや、まあいいんですけど別に。

 

 あとネットの方の話ですけど、マリオ復帰しました。まあここ2週間は結構根詰めてやってたけど、さすがに僕も研究の方を進めなきゃいけないので、今後はまあ暇を見つけてちょいちょい記録狙いをしていく感じかな。

 

 とりあえずの目標はリコワンステで7:54台、最終目標は7:52台で、52切れたらもう成仏かな~って感じです。今のところはね。

 

 まあ正直以前の7:56を出した当時は、これがもうリコハーバーの最適解というか、ワンステ界にキラリと光る一番星だと思ってたんですけど、さすがに3年近く経って全体のレベルも着実に上がってきて、その光もくすんできたというか、正直この程度の動きだったらAny%の通しでも出かねないなというのを感じて、まあ現代に合わせて記録を更新しようかなというか、まあそんな感じですね。

 

 昔はブログとかで定期的に情報発信してたけど、今は正直そこまでやる気はないです。一人でモクモクやるみたいな、スモやんみたいな感じです。質問されたらもちろん答えるし教えてほしいと言われたら動画を見てアレコレ指摘するくらいのことはできますけど、僕の方から何かを、少なくとも文章の形で発信することはないかな~という感じです。解説動画とかだったらワンチャンあるかも。

 

 まあそんな感じです。まあゆる~く続けていくつもりなので、よろしくお願いします。

 

 

おわりに

 

 まあ以上ですね。ざっくり月ごとに話してきましたけど、どうでしたか?

 

 どうでしたか?・・・って、ほとんど鬱ってるやないかーーーい!!!年末にこんな暗い文章読ますんじゃねーーーーーっ!!

 

 って思ったかたもおられると思います。いや、黙れ。まあそもそも僕のこれまでのブログを読んでもらえれば分かるように、旅行とか以外の日常において幸福な出来事と呼べることって何一つないですからね。大体なんか良くないことになってるし、大体なんか思い悩んでるし。アホか?

 

 この1年の感想を超ざっくり言うと、まあ正直言って、シンプルに辛い出来事もたくさんあったし、色々思い悩むこともあったし、でも日々のタスクは容赦なく突きつけられるし、なんか正直、いつ潰れて崩れ落ちてもおかしくなかった1年だったと思います。ていうか実際何回か潰れてね?

 

 でも、まあ何と言うか、僕の周りの人たち、家族とか大学の人たちとか、あとはインターネッツの友達とか、なんかそういう、色んな関係性の網みたいなものがクッションになって、それに支えられて、どうにか踏ん張って耐え抜くことができた1年だとも思います。

 

 正直僕は社会不適合者だし、ゲェジだし、周囲の人間に毒をばら撒いて、それで失ったものもたくさんあったけれど、でもだからこそ得られたものもあると思ってるし、だからこそ得られた関係性とかもあると思ってるんで。

 

 運命論を語るつもりはないけれど、僕の性格とか思想とか、これまでにあった出来事とか、これまでに出会った人たちとか、そのいずれもが欠けても、今の僕という人格にはなり得なくて、似てるようで全く別の何者かになってたとも思いますよ。まあどっちの方が幸福かなんてのは分かりませんけど。

 

 つまり何が言いたいかというと・・・つまり・・・何だ?分かりません。結局何が言いたいんでしょうね、この文章は。

 

 まあいいか、もう2022年も終わりだし。ちょっとなんか最後よく分からない感じになっちゃったけど、まあ除夜の鐘の音と一緒に忘れてください。

 

 というわけで、まあ正真正銘、2022年のブログはこれで最後です。来年は今年よりももっと忙しくなるだろうし、色々大変なことも増えるだろうけど、でもブログはできる限り続けていきたいと思ってるので、その時はまたよろしくお願いします。

 

 

 それでは皆さん、良いお年を~~~~~さよなら~~~~

 

 

おわり

 

 

アルルの京都出張

 

 こんにちは~アルルです。

 

 この前京都に行ってきました。タイトルにもある通り旅行ではなく出張です。なので割と虚無なんですけど、まあ行ったことには行ったのでブログにしておこうと思います。

 

 前回マジで文章も画像も多すぎてとんでもないことになったので、今回は文章少なめ、画像ちょい盛りのあっさり仕立てでいきます。京風料理みたいな感じですね、知らんけど。食ったことねーけどそんなもん。

 

 じゃあいきます。

続きを読む

アルルの大阪放浪記.withNari.

 

 こんにちは~アルルです。

 

 皆さん、お元気ですか?ちなみに僕は元気じゃないです・・・研究ムリ過ぎて割とイヤイヤ期入ってます。

 

 まあそれはいいんですけど。

 

 今回は、この前大阪に2泊3日で旅行に行ってきたので、その時のことを話そうと思います。今回結構色々写真を撮ったので、まあ割と期待できると思っていいと思います。どれくらい期待できるかと言うと、渡哲也のマグロくらい期待できますね。分かります?僕の言ってること?

 

 それじゃあ早速始めます。

続きを読む