掌編書きました

 

 

 こんにちは~アルルです。

 

 授業の課題でなんか短いお話を書けと言われたのでぬるっと書きました。小説タイプの文章久しぶりに書いたからちょっと変かもだけどよろぴこ~

 

 

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 彼は平凡な男だった。平凡な大学を出、平凡な企業に勤め、平凡に出世をし、平均的な年齢で平凡な女性と結婚した。彼の人生は、さしずめ一本引かれた直線のようなものだった。山も谷もなく、彼の持つ性質の何もかもは、大多数が持っているそれと近しかった。


 そんな彼がこんな夢を見たのは、ある種必然というか、導かれた運命のようなものだったのかもしれない。


 彼は何かの構造物を空中から見下ろしていた。構造物という仰々しい表現を敢えて使ったのは、他に例えようがなかったからだ。しかし確実に言えるのは、それは何かの構造を成している、ということだった。


 一見すると、それは白い壁が張り巡らされた迷路のようだった。しかしその壁はドロドロとした粘土のようで、定まった形を持たず、常にユラユラと、蛸の足のように揺らめいていた。全ての壁が、それぞれ異なるリズムで踊っていた。壁同士時々触れ合い、また離れを繰り返すその様子は、まるで何か茫洋とした巨大な秩序に従っているように見え、その全体像を上から見下ろすと、その迷路に似た謎の物体は、しかしまさしく「構造物」と呼ぶにふさわしいものに見えた。


 彼はその迷路をじっと見つめていた。壁という壁が不定形に揺れ動いているのをただ眺めていると、思考が段々とぼんやりしてくるのを感じた。頭が痛くなった。しかし彼はそれから目を離さなかった。そうしているうちに、彼の意識は知らない間にベッドの上へと引き戻されていた。


 目を覚ました彼の体調はすこぶる悪かった。頭痛と眩暈、そしてとにかく吐き気がひどかった。それに、それ以上に、何かこれまで覚えたことのなかった違和感のようなものが、小蠅のように頭の中にまとわりついてくるのを感じた。


 その違和感の正体に気が付いたのは、心配する妻を横目に家を出て、駅までの道を歩いている時だった。


 彼は、直線を認識できなくなっていた。車道の白線も、家屋の塀や屋根も、電柱も、今まで一本の真っすぐな線だと思い込んでいたあらゆるものが、そうとは思えなくなってしまったのだ。いや、正確には、認識できなくなったというわけではない。彼の視覚は確かに昨日までと同じ光景を映し出している。そして彼は、これまで先に挙げた様々なものを「直線」と見なして生きてきた。しかし今は、彼の脳が、彼の意識が、それを直線と認めようとしないのだ。直線の中にある僅かな歪み、曲率、凹凸をしきりに見つけては、その直線性を否定しようとするのだ。彼の違和感は、直線というものの存在を否定し、また直線であることの意義を否定した。そしてこの世界のあらゆる事物の不定性、及び流動性を主張した。


 彼の頭の中で、何かが崩れ落ちていくのを感じた。これまでの彼の人生、彼の思想、これまでに得てきた経験……それらの全てが、本質的に無意味なものだったのではないか、そんな疑念が、心の奥底から湧き上がってきて消えなかった。


 頭痛は針で刺すように鋭くなり、眩暈は前後もはっきりしないほどだった。彼は幼子のようにその場にうずくまって呻き始めた。そのうちに急激な吐き気に襲われて、彼はすぐさま立ち上がって公園のトイレに駆け込み、胃の中のものを出そうとした。しかし彼の身体それ自体は正常だったので、口の中からは何も出てこなかった。指を喉奥に差し込んで無理やり嘔吐しようとしたが、胃液の混じった粘性のある唾液が出てくるばかりだった。しかし吐き気だけは輪をかけて強まっていくのだった。


 朦朧と薄れゆく意識の中で、彼は自分の脳が異常を来している、いや、ある意味では「正常に戻ろうとしている」ことを、少しずつ、しかし確かに感じ始めていた。